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小動物医療の指針 医療者の責務 獣医師の誓い95年宣言


 8   説明義務違反                               (人判例) (H15.04.25東京高騰裁判所)
 
東京地方裁判所判決文
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(人医療裁判)
東京地方裁判所平成15年4月25日判決−
平成13年(ワ)第二四七八三号 損害賠償請求事件(判例タイムズ1131号285頁)
 
「医師が,患者に対し,診療行為等の説明を行う場合,殊に説明内容が患者の生命ないし余命にかかわる事柄であったり,遺伝にかかわる事柄であったりする場合に,誰にどこまでの範囲を説明するか,あるいはどのような表現を用いて説明するかは,医師自身の医療行為に対する考え方,患者と医師との関係についての理解,生命や健康に対する見方,人生観等に深くかかわる事柄であって,専門家たる医師としての裁量に属する部分が存することは否定できない。そして,本件のように,遺伝病という極めて微妙な問題に関して,家族又は本人に対し,どのように説明をすべきかは極めて難しい問題であると考えられる。  しかしながら,医師が説明を行う場合に,特段の事情がない限り,当時の医学的知見や患者の病気ないしは症状の状況からして,不正確な説明を行い,患者に対し,誤った認識を与えることまでもが,医師の裁量として許されるとは到底解されない
 
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説明義務(インフォームドコンセント。自己決定権)
根拠法令:憲法13条、民法644条、民法645条
 
日本国憲法
第3章 国民の権利及び義務
第13条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
 
民法
第644条 受任者ハ委任ノ本旨ニ従ヒ善良ナル管理者ノ注意ヲ以テ委任事務ヲ処理スル義務ヲ負フ
第645条 受任者ハ委任者ノ請求アルトキハ何時ニテモ委任事務処理ノ状況ヲ報告シ又委任終了ノ後ハ遅滞ナク其顛末ヲ報告スルコトヲ要ス
 
説明義務には以下があります。
1.治療に必要な承諾を得るための説明義務
2.有効な治療を行うための指示・指導のための説明義務
 
患者(飼い主)の自己決定権に基づいて説明がなされますが、患者は医学的に素人でありことがほとんどであり、患者(飼い主)が自己決定できるように説明は平易かつ具体的でなければなりません。
 
獣医療での説明義務については以下に詳しく書かれています。
小動物医療の指針(日本獣医師会)(一部抜粋)
「 6インフォームド・コンセント
(1)インフォームド・コンセントの意義と目的
インフォームド・コンセントは、獣医師と飼育動物の飼育者との間の信頼関係を築き、両者が協力し合うことによってより良い小動物医療を提供することを目的として実施するものである。
すなわち、診療に関する十分な事前説明を行うことが小動物医療サービスの重要な要素であるとの認識を持つ獣医師と、診療に関する懇切」寧な事前説明を受けて診療内容を決定したいと望む飼育者とが相互に信頼して協力し、飼育動物に良質で適正な小動物医療を施すことが極めて重要である。
なお、インフォームド・コンセントは、診療トラブルを防止するために行うものではない。獣医師がインフォームド・コンセントの目的,意義を十分に踏まえ、誠意を持って飼育者等に接し、良好な信頼関係を築きつつ適正な小動物医療サービスに努めること
が、結果として診療トラブルの防止につながるものである。
 
(2)獣医師による事前説明
獣医師による事前説明の具体的な内容としては、次のような事項があるが、事前説明の際には、飼育者の年齢、心理状態、飼育動物に対する感情(思い入れ)、説明の時期等に配慮するとともに、必要に応じて繰り返し説明することや、説明した内容に対する
飼育者の理解度についても十分に配慮する必要がある。
 
@受診動物の病状
受診動物の具体的な病状と、動物が罹患している疾病、又は罹患している疑いがあると思われる疾病に関する一般的な説明を行う。
 
A検査や診療の方針とその選択肢
受診動物の診断等を行うために必要な検査の内容と、その検査が必要な理由について説明を行う。検査の結果が得られたら、その結果を示し、診断的な意義について説明する。
診療方針に関する説明は、治療の方法と予測される結果について説明し、治療方法等に選択肢がある場合には、それぞれの内容についてわかりやすく説明するとともに、使用する医薬品の薬効、投与法、副作用等についても併せて説明する。
 
B予後等
学術データ等を提示しながら、予測できる予後について飼育者が理解しやすいよう説明する。
また、飼育者が受診動物に対して日常行うべきケアー等のほか、速やかに獣医師に連絡すべき異変についても飼育者に十分説明する。
 
C診療料金
予測できる範囲で、具体的な金額を提示する。また、確定的な診療料金を予測することが因難な場合には、飼育者等にその旨を説明して了解を得るとともに、おおよその金額を示す。
なお、診療料金が適正であると評価される前提として、個々の診療事例において実施した診療項目が適切であったと認められなければならないが、そのためには十分な事前説明を行い、個々の診療項目の必要性について飼育者の理解を得るよう努める。」
 
ただしすべての症例にすべての事項を説明することは現実的ではありません。治療方針、病状、飼い主の希望、などから総合的に判断する必要があります。
 

 9   治療法の説明義務違反と自己決定権の侵害             (動物判例) (H17.05.30名古屋高裁金沢支部)
 
獣医療裁判 名古屋高等裁判所金沢支部
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(動物医療裁判 控訴審(一部抜粋)
H17.5.30  名古屋高等裁判所金沢支部 平成15年(ネ)第330号 損害賠償請求控訴事件
 
原審裁判所名:金沢地方裁判所小松支部
原審事件番号:平成15年(ワ)第1号
原審結果  :棄却
 
判示事項の要旨:
動物病院で腫瘤の切除手術を受けたペット犬の飼い主が同手術をした獣医師等に対して提起した説明義務違反,治療義務違反を理由とする損害賠償請求について,同手術前において同腫瘤の良性,悪性の判別をするために必要な生検を実施してその結果に基づき飼い主に治療法の説明をすべき診療契約上の義務があったのに,生検を実施せず,上記説明義務を尽くさないで同手術をしたため,飼い主の有するペットに対する治療法選択に関する自己決定権が侵害されたと認定して,治療費,慰謝料及び弁護士費用の合計42万円の損害賠償請求を認容した事例
 
 
2 争点(1)(被控訴人らの治療義務違反の有無)について
(1) 平成7年6月20日発行「小動物の臨床腫瘍学」(甲26)によれば,ペット治療における医学的知見として,次の事実が認められる。
ア がんの治療の第1のステップは,的確な生検材料の採取と解釈である。生検は,診断だけではなく,腫瘍の生物学的行動を予測する助けにもなり,有効な治療のタイプと範囲を決定する助けになる。不適切な生検又は生検の省略は,治療に重大な影響を与える。ほとんどすべての腫瘤は,除去の前と後に病理組織学的に評価すべきである。腫瘤が外科的切除を必要とするなら,組織の分析が必要である。
イ 生検の手技と使われる器具はさまざまであるが,共通する目的は正確な診断のために適切な腫瘍組織を得ることである。どの方法を使うかはその症例をどうするか,腫瘤の位置,利用できる器具,動物の一般状態及び獣医師の好みと経験によって決められる。このうち針パンチ生検は,さまざまなタイプの針で芯をくり抜く器具を用いて組織を採取するものである。試料の大きさは小さいが,病理の専門家は組織と腫瘍細胞の構造的関係を見ることができる。この方法で外から到達可能なほとんどの腫瘍の試料が得られる。針パンチ生検がもっとも普通に使われるのは表在性の触知可能な腫瘤に対してである。高度に炎症性かつ壊死性のがん(特に口腔内の)には切開生検が適しているが,それらを除けば多くの生検は入院を必要とせず,局所麻酔とまれに鎮痛剤のみを使って行える。この生検は,迅速,安全,容易かつ安価であり,多くは入院させないで行うことができる。結果は,細胞診断より正確であるが,切開あるいは切除生検には劣る。
ウ 治療のタイプ(手術,放射線,化学療法あるいはその他のもの)又は治療の範囲(保存的か積極的除去か)は腫瘍のタイプを知ることによって変わる。再構築が難しい部位の外科手術(たとえば,四肢端,尾,頭及び頸部)であるか,あるいは提案された方法が明らかに後遺症を残す場合(たとえば,下顎切除,断肢)には,生検が特に重要になる。ほとんどすべての外部からアプローチできる腫瘤は,良性皮膚腫瘍を除いて,手術前に組織生検を行うべきである。他方,腫瘍のタイプを知っても治療が変わらない場合(孤立性肺腫瘤に対する肺葉切除あるいは脾の腫瘤に対する脾切除)又は生検が治療と同じくらい難しい,あるいは危険な場合(脳生検)には,生検は行わず,外科的に切除された材料から生検情報を得るべきである。
(2) 上記1認定の事実及び上記(1)認定の医学的知見によれば,本件腫瘤のあった部位は左前腕部(左前足)であり,その生検材料の採取が困難な状況にあったとも,危険を伴うものであったともいえず,本件腫瘤が悪性のものであり再発すれば断脚(断肢)するしかなく,既に後ろ足に関節症の症状のあった本件犬にとって重大な障害を残す状況にあったのであるから,被控訴人aは,遅くとも6月14日の本件手術施行前に,本件腫瘤につき悪性,良性の別の診断に必要な生検(針パンチ生検を含む。)を行うべき義務があったというべきである。ところが,被控訴人aは,これを怠り,針生検では,腫瘤の悪性,良性の別は診断できないと思いながら,触診及び針生検を実施したにとどまり,腫瘤の悪性,良性の別を診断できる針パンチ生検等の他の生検を行わなかったため,本件腫瘤の悪性,良性の別を診断しないまま本件手術を施行するに至ったのであるから,この点において,被控訴人aにはペットの治療契約上なすべき生検をなさずに本件手術をしたという治療義務違反があったというべきである
 
3 争点(2)(被控訴人らの説明義務違反の有無)について
(1) ペットは,財産権の客体というにとどまらず,飼い主の愛玩の対象となるものであるから,そのようなペットの治療契約を獣医師との間で締結する飼い主は,当該ペットにいかなる治療を受けさせるかにつき自己決定権を有するというべきであり,これを獣医師からみれば,飼い主がいかなる治療を選択するかにつき必要な情報を提供すべき義務があるというべきである。そして,説明義務として要求される説明の範囲は,飼い主がペットに当該治療方法を受けさせるか否かにつき熟慮し,決断することを援助するに足りるものでなければならず,具体的には,当該疾患の診断(病名,病状),実施予定の治療方法の内容,その治療に伴う危険性,他に選択可能な治療方法があればその内容と利害得失,予後などに及ぶものというべきである。
(2) これを本件についてみると,上記1認定事実によれば,被控訴人aには,争点(1)で説示したとおり,本件腫瘤の悪性,良性の別を診断するための生検を行わなかった点で既に本件生検義務違反を内容とする治療義務違反が認められるものであるが,被控訴人aは,そのこともあって,本件手術の実施に際し,控訴人らに対し,本件腫瘤が悪性,良性のいずれのものであっても摘出するしかないこと,本件腫瘤が大きくなっているため,もともと後ろ足の悪かった本件犬の歩行に支障を来すおそれがあることを説明するにとどまり,本件手術に伴う危険性として,本件腫瘤が悪性である場合には,術後再発したときは断脚するしかないことについては説明しなかったのであるから(被控訴人aがこれを説明したのは本件手術施行後の病理組織検査結果が判明した後であった。),この点につき被控訴人aにはペット治療契約上の説明義務違反があるというべきである。
 
 
5 争点(4)(控訴人らの損害)について
(3) 慰謝料について
 本件犬は,13歳5か月で死んだものであり,ゴールデンレトリーバーの寿命は概ね10歳(甲20)程度であることからすれば,相当の老犬であり,また,結果的にも悪性の腫瘍に罹患していたのであるから,血統証明書(甲1)付きのものであるとしても,本件手術当時におけるその交換価値はほぼ皆無であったと推認される。しかし,本件犬は,その誕生間もないころから約13年間の長きにわたり控訴人ら家族の一員として共に暮らし,子供のいない控訴人らにとって本件犬は正に我が子のような存在であり,そのように可愛がってきたことが認められる(甲2,甲3の1ないし8,甲25の1ないし31,甲29,甲31の1ないし9,控訴人ら本人)。したがって,控訴人らにおいて,余命少ない本件犬に,大きな苦痛を与えることなく,平穏な死を迎えさせてやりたいと考えることもごく自然な心情であって,本件犬の治療方法を選択するに当たっての控訴人らの自己決定権は十分尊重に値するものということができる上,本件手術により本件犬の死期が早まったものと認められるから,上記自己決定権を侵害され,本件犬を早い時期に失ったことにより控訴人らの被った精神的苦痛は慰謝に値するというべきである。
 
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この判決は、動物医療訴訟も人間の場合と同様の判断や手法の枠組みで適用されることを高等裁判所レベルで確認した意義があります。
また、動物治療について飼い主の自己決定権を認めた点でも意義があります。従来の動物裁判では、動物の被害を財産的損害ととらえ、財産損失に対しての慰謝料請求の可否について争われる場合がほとんどでした。しかし、本件は財産的損害を問わず、飼い主の自己決定権と獣医師の説明義務違反を認定し、動物の交換価値にこだわらずに慰謝料を算定した点は今後の獣医療裁判への参考となると考えられる。
 
 

 10   自らは行わない治療でも説明の義務がある              (人判例) (H13.11.27最高裁) 
 
最高裁判所判例集判決全文
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(人医療裁判)
最 高 裁 判 所 判 例 集 判 決 (一部抜粋)
判例 H13.11.27 第三小法廷・判決 平成10(オ)576 損害賠償請求事件(第55巻6号1154頁)
 
判示事項:
  乳がんの手術に当たり当時医療水準として未確立であった乳房温存療法について医師の知る範囲で説明すべき診療契約上の義務があるとされた事例
 
要旨:
  乳がんの手術に当たり,当時医療水準として確立していた胸筋温存乳房切除術を採用した医師が,未確立であった乳房温存療法を実施している医療機関も少なくなく,相当数の実施例があって,乳房温存療法を実施した医師の間では積極的な評価もされていること,当該患者の乳がんについて乳房温存療法の適応可能性のあること及び当該患者が乳房温存療法の自己への適応の有無,実施可能性について強い関心を有することを知っていたなど判示の事実関係の下においては,当該医師には,当該患者に対し,その乳がんについて乳房温存療法の適応可能性のあること及び乳房温存療法を実施している医療機関の名称や所在をその知る範囲で説明すべき診療契約上の義務がある。
 
参照・法条:
  民法415条
 
「医師は,患者の疾患の治療のために手術を実施するに当たっては,診療契約に基づき,特別の事情のない限り,患者に対し,当該疾患の診断(病名と病状),実施予定の手術の内容,手術に付随する危険性,他に選択可能な治療方法があれば,その内容と利害得失,予後などについて説明すべき義務があると解される。本件で問題となっている乳がん手術についてみれば,疾患が乳がんであること,その進行程度,乳がんの性質,実施予定の手術内容のほか,もし他に選択可能な治療方法があれば,その内容と利害得失,予後などが説明義務の対象となる。 本件においては,実施予定の手術である胸筋温存乳房切除術について被上告人が説明義務を負うことはいうまでもないが,それと並んで,当時としては未確立な療法(術式)とされていた乳房温存療法についてまで,選択可能な他の療法(術式)として被上告人に説明義務があったか否か,あるとしてどの程度にまで説明することが要求されるのかが問題となっている。」
 
「(2) ここで問題とされている説明義務における説明は,患者が自らの身に行われようとする療法(術式)につき,その利害得失を理解した上で,当該療法(術式)を受けるか否かについて熟慮し,決断することを助けるために行われるものである。 医療水準として確立した療法(術式)が複数存在する場合には,患者がそのいずれを選択するかにつき熟慮の上,判断することができるような仕方でそれぞれの療法(術式)の違い,利害得失を分かりやすく説明することが求められるのは当然である。
少なくとも,当該療法(術式)が少なからぬ医療機関において実施されており,相当数の実施例があり,これを実施した医師の間で積極的な評価もされているものについては,患者が当該療法(術式)の適応である可能性があり,かつ,患者が当該療法(術式)の自己への適応の有無,実施可能性について強い関心を有していることを医師が知った場合などにおいては,たとえ医師自身が当該療法(術式)について消極的な評価をしており,自らはそれを実施する意思を有していないときであっても,なお,患者に対して,医師の知っている範囲で,当該療法(術式)の内容,適応可能性やそれを受けた場合の利害得失,当該療法(術式)を実施している医療機関の名称や所在などを説明すべき義務があるというべきである。
 

 11   医療水準に満たない治療による延命機会喪失            (人判例) (H12.09.22最高裁)
 
最高裁判所判例集判決全文
この裁判判例は右アイコンから
(人医療裁判)
最 高 裁 判 所 判 例 集 判 決
判例 H12.09.22 第二小法廷・判決 平成9(オ)42 損害賠償請求事件(第54巻7号2574頁)
 
判示事項:
  医師が過失により医療水準にかなった医療を行わなかったことと患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されないが右医療が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明される場合における医師の不法行為の成否
 
要旨:
  医師が過失により医療水準にかなった医療を行わなかったことと患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されないけれども、右医療が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明される場合には、医師は、患者が右可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき不法行為責任を負う。
 
参照・法条:
  民法709条
 
「本件のように、【要旨】疾病のため死亡した患者の診療に当たった医師の医療行為が、その過失により、当時の医療水準にかなったものでなかった場合において、右医療行為と患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されないけれども、医療水準にかなった医療が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明されるときは、医師は、患者に対し、不法行為による損害を賠償する責任を負うものと解するのが相当である。けだし、生命を維持することは人にとって最も基本的な利益であって、右の可能性は法によって保護されるべき利益であり、医師が過失により医療水準にかなった医療を行わないことによって患者の法益が侵害されたものということができるからである。」
 
以上は、期待権侵害論・延命利益侵害論・治療機会喪失論などが問われた裁判です。
 

 12   MRSAを適切に治療しないと過失と認定される            (人判例) (H18.01.27最高裁)
 
最高裁判所判決集判例全文
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(人医療裁判)
最高裁判所判例集判決
判例 平成18年01月27日 第二小法廷判決 平成15年(受)第1739号 損害賠償請求事件
要旨:
 入院患者がメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)に感染した後に死亡した場合につき担当医師が早期に抗生剤バンコマイシンを投与しなかったことに過失があるとはいえないとした原審の判断に経験則又は採証法則に反する違法があるとされた事例
 
内容:  件名 損害賠償請求事件 (最高裁判所 平成15年(受)第1739号 平成18年01月27日 第二小法廷判決 破棄差戻し)
 原審 東京高等裁判所 (平成14年(ネ)第5435号)
 
主    文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
 
 1 本件は,A(明治▲年▲月▲日生まれで,平成▲年▲月▲日に81歳で死亡した女性。以下「A」という。)が,脳こうそくの発作で被上告人の開設するB病院に入院していたところ,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(以下「MRSA」という。)に感染するなどした後に,全身状態が悪化して死亡したことから,Aの相続人である上告人らが,B病院のC医師らには,(1) 広域の細菌に対して抗菌力を有する抗生剤(以下「広域の抗生剤」といい,これに対し,狭域の細菌に対して抗菌力を有する抗生剤を「狭域の抗生剤」という。)である第3世代セフェム系のエポセリンやスルペラゾンをAに投与すべきでなかったのに,これらを投与したことにより,平成5年2月1日ころまでに,AにMRSA感染症を発症させた過失,(2) AにMRSA感染症が発症した上記時点で抗生剤バンコマイシンを投与すべきであったのに,これを投与しなかったことにより,AのMRSAの消失を遅延させた過失,(3) Aの入院期間中,多種類の抗生剤を投与すべきでなかったのに,これをしたことなどにより,AにMRSA感染症,抗生物質関連性腸炎,薬剤熱,肝機能障害,じん不全,けいれんや多臓器不全を発症させた過失等があり,その結果,Aを死亡させるに至ったなどと主張して,被上告人に対し,債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償を求める事案である。
 
 3 原審は,上記事実関係の下において,要旨次のとおり判断して,C医師らの抗生剤の使用に過失があったとは認められないとして,上告人らの請求を棄却すべきものとした。
 (1) C医師らは,広域の抗生剤である第3世代セフェム系のエポセリンやスルペラゾンを投与している。
・・・・・・・当時の臨床医学においてはC医師らと同様に第3世代セフェム系抗生剤を投与するのがむしろ一般的であったことがうかがわれる。また,G(東京専売病院院長,前東京大学医科学研究所感染症研究部教授)の鑑定意見書(乙19号証の2,以下「G意見書」という。)も,C医師らが臨床的に呼吸器感染を疑ってエポセリンを投与したことは妥当な選択であり,緑のう菌の対策としてスルペラゾンを投与したことも妥当であるとしている。さらに,鑑定人H(北里大学医学部教授(感染症学))の鑑定書及び鑑定書(補充)(以下,両鑑定書を併せて「H鑑定書」という。)も,エポセリンやスルペラゾンの投与が特に鑑定事項とされていなかったことから,個別的な当否について触れていないものの,抗生剤の投与全体の中で特に問題があったとはしていない。そうすると,C医師らが第3世代セフェム系抗生剤のエポセリンやスルペラゾンを投与したことに過失があったとは認め難い。
 (2) C医師らは,2月1日ころの時点で,バンコマイシンを投与していない。確かに,H鑑定書には,C医師らが上記時点でバンコマイシンを投与していれば,もっと早くAの便からMRSAが消失していた可能性があったとする部分がある。しかし,H鑑定書は,MRSAの保菌者に対する安易なバンコマイシンの使用については,バンコマイシンに対する耐性菌を生み出し,その後の耐性菌に対する治療が深刻な問題になる危険をはらんでいるとした上で,C医師らの投与したミノマイシンとバクタによっても,時間を要したものの,Aの便からMRSAが消失したという臨床経過が認められるのであるから,同医師らの処置が不適切であったとまでは断定できないとしている。また,F意見書やG意見書も,C医師らが上記時点でバンコマイシンを投与していないことを問題としていない。そうすると,C医師らが上記時点でバンコマイシンを投与していないことに過失があるということはできない。
 (3) C医師らは,Aの入院期間中,多種類の抗生剤を投与している。
・・・・・・・・しかし,F意見書は,実情としては多種類の抗生剤を投与することが当時の医療現場においては一般的であったとしている。また,H鑑定書も,C医師らが多種類の抗生剤を投与したことを問題にしていない。さらに,G意見書も,C医師らの抗生剤の使用は,全体としては当時の医療レベルで許容範囲内のものであったとしている。そうすると,C医師らが多種類の抗生剤を投与したことに過失があったとは認め難い。
 
 4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 (1) 第3世代セフェム系抗生剤のエポセリンやスルペラゾンの投与について
 原審が,上告人ら提出のF意見書によっても,当時の臨床医学においてはC医師らと同様に第3世代セフェム系抗生剤を投与するのがむしろ一般的であったことがうかがわれるとした上で,G意見書及びH鑑定書に基づいて,C医師らが第3世代セフェム系抗生剤のエポセリンやスルペラゾンを投与したことに過失があったとは認め難いとしたことは,原判決の説示から明らかである。
 しかしながら,本件記録によれば,国立病院・国立療養所院内感染防止マニュアル作成委員会作成の院内感染防止マニュアル(甲1号証)には,第3世代セフェム系抗生剤は,広域の細菌に対して強い抗菌力を有するものの,ブドウ球菌に対する抗菌力が比較的弱いため,同抗生剤が濫用された結果,耐性を獲得したブドウ球菌であるMRSAが選択的に増殖し,病院内で伝ぱするようになったという経過があることに照らすと,MRSA感染症の発症を予防するためには,感染症の原因となっている細菌を正しく同定して,適切な抗生剤を投与すべきであり,第3世代セフェム系抗生剤の投与は避けるべきであると記載されているし,F意見書やI(順天堂大学医学部教授(細菌学教室))の意見書(追加)(甲25号証の1,以下「I意見書」という。)にもこれと同趣旨の記載があることからすると,当時の臨床医学においては第3世代セフェム系抗生剤を投与するのがむしろ一般的であったことがうかがわれるとしても,直ちに,それが当時の医療水準にかなうものであったと判断することはできないものというべきである。・・・・・・・・
 そうすると,当時の臨床医学においてはC医師らと同様に第3世代セフェム系抗生剤のエポセリンやスルペラゾンを投与することがむしろ一般的であったことがうかがわれるというだけで,それが当時の医療水準にかなうものであったか否かを確定することなく,同医師らが第3世代セフェム系抗生剤のエポセリンやスルペラゾンを投与したことに過失があったとは認め難いとした原審の判断は,経験則又は採証法則に反するものといわざるを得ない。
 
 (2) バンコマイシンの不使用について
 MRSA感染症又はその疑い例に対しては,平成5年当時も現在もバンコマイシンが第1選択薬であるのは世界的な水準であり,そのこと自体には何らのしゅん巡も不要であるなどの記載もあり,同意見書が,同医師らが上記時点でバンコマイシンを投与しなかったことについて,当時の医療水準にかなうものであるという趣旨の指摘をするものであるか否かは,明らかではないといわざるを得ない。したがって,F意見書に上記記載部分がないことをもって,C医師らが上記時点でバンコマイシンを投与しなかったことの過失を否定する根拠とすることはできない。
 
 そうすると,H鑑定書,F意見書及びG意見書に基づいて,C医師らが2月1日ころの時点でバンコマイシンを投与しなかったことに過失があるということはできないとした原審の判断は,経験則又は採証法則に反するものといわざるを得ない。
 
(3) 多種類の抗生剤の投与について
 そうすると,実情としては多種類の抗生剤を投与することが当時の医療現場においては一般的であったことがうかがわれるというだけで,それが当時の医療水準にかなうものであったか否かを確定することなく,C医師らが多種類の抗生剤を投与したことに過失があったとは認め難いとした原審の判断は,経験則又は採証法則に反するものといわざるを得ない。
 
5 以上のとおり,C医師らの抗生剤の使用に過失があったとは認められないとした原審の判断には,経験則又は採証法則に反する違法があり,この違法が原判決に影響を及ぼすことは明らかである。これと同旨をいう論旨は理由があるから,原判決は破棄を免れない。そこで,C医師らの抗生剤の使用に過失があったかどうか等について,更に必要な審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。
 
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現在、MRSA感染症が市中病院に広がり完全には予防できない状況になっています。耐性菌の治療が困難であるとしても、医療水準の化学療法が必要であることを示した判決です。MRSA治療は一般細菌よりも慎重な治療が求められます。

 13   より高度な治療が必要な時は可能な病院に転院させる義務がある(人判例) (H15.11.11最高裁)
 
最高裁判所判例集判決全文
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(人医療裁判)
最 高 裁 判 所 判 例 集 判 決
判例 H15.11.11 第三小法廷・判決 平成14(受)1257 損害賠償請求事件(第57巻10号1466頁)
 
判示事項:
  1 開業医に患者を高度な医療を施すことのできる適切な医療機関へ転送すべき義務があるとされた事例
  2 医師に患者を適時に適切な医療機関へ転送すべき義務を怠った過失がある場合において上記転送が行われていたならば患者に重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性の存在が証明されるときの医師の不法行為責任の有無
 
要旨:
  1 開業医が,その下で通院治療中の患者について,初診から5日目になっても投薬による症状の改善がなく,午前中の点滴をした後も前日の夜からのおう吐の症状が全く治まらず,午後の再度の点滴中に軽度の意識障害等を疑わせる言動があり,これに不安を覚えた母親が診察を求めたことなどから,その病名は特定できないまでも,自らの開設する診療所では検査及び治療の面で適切に対処することができない何らかの重大で緊急性のある病気にかかっている可能性が高いことを認識することができたなど判示の事情の下では,当該開業医には,上記診察を求められた時点で,直ちに当該患者を診断した上で,高度な医療を施すことのできる適切な医療機関へ転送し,適切な医療を受けさせる義務がある。
2 医師に患者を適時に適切な医療機関へ転送すべき義務を怠った過失がある場合において,上記転送が行われ,同医療機関において適切な検査,治療等の医療行為を受けていたならば,患者に重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性の存在が証明されるときは,医師は,患者が上記可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき不法行為責任を負う。
 
参照・法条:
  民法709条
 
「相当程度の可能性の侵害について
 医師が過失により医療水準にかなった医療を行わなかった場合には,その医療行為と患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されないが,上記医療が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明される場合には,医師は,患者が上記可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき不法行為責任を負うものと解すべきである(最高裁平成9年(オ)第42号同12年9月22日第二小法廷判決・民集54巻7号2574頁参照)。患者の診療に当たった医師に患者を適時に適切な医療機関へ転送すべき義務の違反があり,本件のように重大な後遺症が患者に残った場合においても,同様に解すべきである。すなわち,【要旨2】患者の診療に当たった医師が,過失により患者を適時に適切な医療機関へ転送すべき義務を怠った場合において,その転送義務に違反した行為と患者の上記重大な後遺症の残存との間の因果関係の存在は証明されなくとも,適時に適切な医療機関への転送が行われ,同医療機関において適切な検査,治療等の医療行為を受けていたならば,患者に上記重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性の存在が証明されるときは,医師は,患者が上記可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき不法行為責任を負うものと解するのが相当である。」
 
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治療効果が期待できる高度医療の機会があれば有効に活用させるような努力をすることは自然な考え方といえます。
 
小動物医療の指針(一部抜粋)
14獣医師の連携と協力
獣医師は、動物及び飼育者の利益を損なうことがないようにお互いに連携し、協力体制を構築する必要がある。
(1)他の獣医師への情報の提供
飼育者が診療動物を他の病院に転院させる場合、あるいは飼育者及び転院先の獣医師から診療情報の提供を求められた場合は、適正に対応しなければならない。また、転院先の獣医師は、得られた情報を獣医学的な観点から客観的に評価して対応しなければならない。診療情報については、研修会等を通じて他の診療施設の獣医師と交換することにより、獣医師相互の知識・技術を向上させるように積極的に努めるとともに、飼育者の個人情報の保護にも十分に配慮しなければならない。
 
(2)他の獣医師又は診療施設の紹介
対応因難な症例に遭遇し、飼育者の希望する医療が提供できない場合には、獣医師は、飼育者の希望等を聞いたうえで、対応可能な他の獣医師又は診療施設を紹介しなければならない。
 
 

 14   具体的な手術手技に関する医療過誤(ミューズ事件)        (動物判例) (H14.3.28宇都宮地裁)
 
下級裁主要判決 宇都宮地方裁判所
この裁判判例は右アイコンから
 
◆H14. 3.28 宇都宮地方裁判所 平成9年(ワ)第529号 損害賠償請求
 
事件番号  :平成9年(ワ)第529号
事件名   :損害賠償請求
裁判年月日 :H14. 3.28
裁判所名  :宇都宮地方裁判所
(一部抜粋)
第2 事案の概要
本件は,被告が避妊手術を施した猫が手術の3日後に死亡したことから,その飼い主である原告が,被告に対し,猫の死は,被告が避妊手術を行うに際して誤って左右双方の尿管を結紮した過失によるものであると主張して,債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。
 
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)について
  (1) 証拠(甲3,8,17,乙9,原告本人,被告本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
    亡ミューズは,手術前,特に異常は認められず,元気な状態であった。本件手術では,通常の手技のとおり,片側の子宮角,卵巣を鉤で引き上げた。ところが,左右の卵巣を体外に十分露出させることができなかった。そこで,被告は,亡ミューズの体内で,結紮操作,卵巣切除術を行った。本件手術は,午後1時30分ころ開腹し,午後2時10分ころ終了し,この間,約40ないし50分要しており,通常の所要時間が約20分程度であるのに比して約2倍の時間を要している。
    本件手術後,被告は,原告の妻に対し,「皮下脂肪が多く卵巣を捜すのに手間取り,しかも靱帯が強かったので手術時間が長くなりました。」と説明している。
    亡ミューズの体重は本件手術前,4.5キログラムであったが,死亡直後のB犬猫病院での解剖時は,5.6キログラムと増加していた。この間,体重増加の要因としては,被告が本件手術後退院までに約1リットルを点滴したほか,死亡の前日に,被告が約200ミリリットルの皮下点滴をしている。亡ミューズは,本件手術による退院後,原告方ではほとんど水等を飲むことがなく,食事にも手をつけなかった。排尿行動に出ることはあったが,尿はごく少量しか出なかった。
    以上,本件手術前は特に異常が認められず,元気であった亡ミューズが,本件手術後は,ほとんど体外に尿を排出することなく,被告が点滴等行った水分がほぼそのまま体重の増加となって現れていることからして,本件手術により,腎臓を含めた尿の排出経路に何らかの異常が生じたと解するのが相当である。」
「ウ そして,原告が亡ミューズから取り出した結紮部位と主張する検甲第1号証を検証した結果によれば,標本は,猫の卵巣動脈及び尿管とその周辺の脂肪組織であり,卵巣動脈を結紮した絹糸が存し,その結紮糸は,腹膜及び尿管を巻き込んでいることが認められる。 」
「(5) よって,本件手術に際して,被告が尿管を卵巣動脈とともに誤って結紮したことが亡ミューズ死亡の原因であることが認められ,これは診療契約上の注意義務に違反する行為であり,かつ,過失ある行為であるから,被告は債務不履行責任及び不法行為責任として,原告に対し,亡ミューズの死亡に対して損害賠償義務を負う。」
    「そして,慰謝料については,証拠(原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば,原告がペットとして家族の一員ともいうべき愛情を注いでいた亡ミューズが,被告の医療ミスにより,突如命を奪われたことに対する精神的苦痛は小さくなく,20万円をもって相当と認める。」
 
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手術は肉体に侵襲を加えるため医療過誤が発生しやすい治療といえます。
また手術室は密室性が高く、手術手技の過誤を証明することは一般に困難です。
本判例は、術後の詳細な観察と記録、解剖組織標本の存在、等によって手術時の医療過誤を立件した点で重要です。
 


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注:本ページ内容はあくまでも個人的見解です。
 
ページ作成開始日:  2005/04/09 
 
 

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