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(人医療裁判)
最高裁判所判例集判決
判例 平成18年01月27日 第二小法廷判決 平成15年(受)第1739号 損害賠償請求事件
要旨:
入院患者がメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)に感染した後に死亡した場合につき担当医師が早期に抗生剤バンコマイシンを投与しなかったことに過失があるとはいえないとした原審の判断に経験則又は採証法則に反する違法があるとされた事例
内容: 件名 損害賠償請求事件 (最高裁判所 平成15年(受)第1739号 平成18年01月27日 第二小法廷判決 破棄差戻し)
原審 東京高等裁判所 (平成14年(ネ)第5435号)
主 文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
1 本件は,A(明治▲年▲月▲日生まれで,平成▲年▲月▲日に81歳で死亡した女性。以下「A」という。)が,脳こうそくの発作で被上告人の開設するB病院に入院していたところ,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(以下「MRSA」という。)に感染するなどした後に,全身状態が悪化して死亡したことから,Aの相続人である上告人らが,B病院のC医師らには,(1) 広域の細菌に対して抗菌力を有する抗生剤(以下「広域の抗生剤」といい,これに対し,狭域の細菌に対して抗菌力を有する抗生剤を「狭域の抗生剤」という。)である第3世代セフェム系のエポセリンやスルペラゾンをAに投与すべきでなかったのに,これらを投与したことにより,平成5年2月1日ころまでに,AにMRSA感染症を発症させた過失,(2) AにMRSA感染症が発症した上記時点で抗生剤バンコマイシンを投与すべきであったのに,これを投与しなかったことにより,AのMRSAの消失を遅延させた過失,(3) Aの入院期間中,多種類の抗生剤を投与すべきでなかったのに,これをしたことなどにより,AにMRSA感染症,抗生物質関連性腸炎,薬剤熱,肝機能障害,じん不全,けいれんや多臓器不全を発症させた過失等があり,その結果,Aを死亡させるに至ったなどと主張して,被上告人に対し,債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償を求める事案である。
3 原審は,上記事実関係の下において,要旨次のとおり判断して,C医師らの抗生剤の使用に過失があったとは認められないとして,上告人らの請求を棄却すべきものとした。
(1) C医師らは,広域の抗生剤である第3世代セフェム系のエポセリンやスルペラゾンを投与している。
・・・・・・・当時の臨床医学においてはC医師らと同様に第3世代セフェム系抗生剤を投与するのがむしろ一般的であったことがうかがわれる。また,G(東京専売病院院長,前東京大学医科学研究所感染症研究部教授)の鑑定意見書(乙19号証の2,以下「G意見書」という。)も,C医師らが臨床的に呼吸器感染を疑ってエポセリンを投与したことは妥当な選択であり,緑のう菌の対策としてスルペラゾンを投与したことも妥当であるとしている。さらに,鑑定人H(北里大学医学部教授(感染症学))の鑑定書及び鑑定書(補充)(以下,両鑑定書を併せて「H鑑定書」という。)も,エポセリンやスルペラゾンの投与が特に鑑定事項とされていなかったことから,個別的な当否について触れていないものの,抗生剤の投与全体の中で特に問題があったとはしていない。そうすると,C医師らが第3世代セフェム系抗生剤のエポセリンやスルペラゾンを投与したことに過失があったとは認め難い。
(2) C医師らは,2月1日ころの時点で,バンコマイシンを投与していない。確かに,H鑑定書には,C医師らが上記時点でバンコマイシンを投与していれば,もっと早くAの便からMRSAが消失していた可能性があったとする部分がある。しかし,H鑑定書は,MRSAの保菌者に対する安易なバンコマイシンの使用については,バンコマイシンに対する耐性菌を生み出し,その後の耐性菌に対する治療が深刻な問題になる危険をはらんでいるとした上で,C医師らの投与したミノマイシンとバクタによっても,時間を要したものの,Aの便からMRSAが消失したという臨床経過が認められるのであるから,同医師らの処置が不適切であったとまでは断定できないとしている。また,F意見書やG意見書も,C医師らが上記時点でバンコマイシンを投与していないことを問題としていない。そうすると,C医師らが上記時点でバンコマイシンを投与していないことに過失があるということはできない。
(3) C医師らは,Aの入院期間中,多種類の抗生剤を投与している。
・・・・・・・・しかし,F意見書は,実情としては多種類の抗生剤を投与することが当時の医療現場においては一般的であったとしている。また,H鑑定書も,C医師らが多種類の抗生剤を投与したことを問題にしていない。さらに,G意見書も,C医師らの抗生剤の使用は,全体としては当時の医療レベルで許容範囲内のものであったとしている。そうすると,C医師らが多種類の抗生剤を投与したことに過失があったとは認め難い。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1) 第3世代セフェム系抗生剤のエポセリンやスルペラゾンの投与について
原審が,上告人ら提出のF意見書によっても,当時の臨床医学においてはC医師らと同様に第3世代セフェム系抗生剤を投与するのがむしろ一般的であったことがうかがわれるとした上で,G意見書及びH鑑定書に基づいて,C医師らが第3世代セフェム系抗生剤のエポセリンやスルペラゾンを投与したことに過失があったとは認め難いとしたことは,原判決の説示から明らかである。
しかしながら,本件記録によれば,国立病院・国立療養所院内感染防止マニュアル作成委員会作成の院内感染防止マニュアル(甲1号証)には,第3世代セフェム系抗生剤は,広域の細菌に対して強い抗菌力を有するものの,ブドウ球菌に対する抗菌力が比較的弱いため,同抗生剤が濫用された結果,耐性を獲得したブドウ球菌であるMRSAが選択的に増殖し,病院内で伝ぱするようになったという経過があることに照らすと,MRSA感染症の発症を予防するためには,感染症の原因となっている細菌を正しく同定して,適切な抗生剤を投与すべきであり,第3世代セフェム系抗生剤の投与は避けるべきであると記載されているし,F意見書やI(順天堂大学医学部教授(細菌学教室))の意見書(追加)(甲25号証の1,以下「I意見書」という。)にもこれと同趣旨の記載があることからすると,当時の臨床医学においては第3世代セフェム系抗生剤を投与するのがむしろ一般的であったことがうかがわれるとしても,直ちに,それが当時の医療水準にかなうものであったと判断することはできないものというべきである。・・・・・・・・
そうすると,当時の臨床医学においてはC医師らと同様に第3世代セフェム系抗生剤のエポセリンやスルペラゾンを投与することがむしろ一般的であったことがうかがわれるというだけで,それが当時の医療水準にかなうものであったか否かを確定することなく,同医師らが第3世代セフェム系抗生剤のエポセリンやスルペラゾンを投与したことに過失があったとは認め難いとした原審の判断は,経験則又は採証法則に反するものといわざるを得ない。
(2) バンコマイシンの不使用について
MRSA感染症又はその疑い例に対しては,平成5年当時も現在もバンコマイシンが第1選択薬であるのは世界的な水準であり,そのこと自体には何らのしゅん巡も不要であるなどの記載もあり,同意見書が,同医師らが上記時点でバンコマイシンを投与しなかったことについて,当時の医療水準にかなうものであるという趣旨の指摘をするものであるか否かは,明らかではないといわざるを得ない。したがって,F意見書に上記記載部分がないことをもって,C医師らが上記時点でバンコマイシンを投与しなかったことの過失を否定する根拠とすることはできない。
そうすると,H鑑定書,F意見書及びG意見書に基づいて,C医師らが2月1日ころの時点でバンコマイシンを投与しなかったことに過失があるということはできないとした原審の判断は,経験則又は採証法則に反するものといわざるを得ない。
(3) 多種類の抗生剤の投与について
そうすると,実情としては多種類の抗生剤を投与することが当時の医療現場においては一般的であったことがうかがわれるというだけで,それが当時の医療水準にかなうものであったか否かを確定することなく,C医師らが多種類の抗生剤を投与したことに過失があったとは認め難いとした原審の判断は,経験則又は採証法則に反するものといわざるを得ない。
5 以上のとおり,C医師らの抗生剤の使用に過失があったとは認められないとした原審の判断には,経験則又は採証法則に反する違法があり,この違法が原判決に影響を及ぼすことは明らかである。これと同旨をいう論旨は理由があるから,原判決は破棄を免れない。そこで,C医師らの抗生剤の使用に過失があったかどうか等について,更に必要な審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。
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現在、MRSA感染症が市中病院に広がり完全には予防できない状況になっています。耐性菌の治療が困難であるとしても、医療水準の化学療法が必要であることを示した判決です。MRSA治療は一般細菌よりも慎重な治療が求められます。
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