1 患者に対する診療がある医療機関(前医)から別の医療機関(後医)に引き継がれた場合における両者の過失の有無が問題となった事例
2 前医、後医ともに過失があり、しかも、前医の過失が後医の過失の原因ないし誘因となっているとして、後医の過失と患者の死亡との間に相当因果関係が認められるからといって、前医の過失と上記死亡との間の相当因果関係が切断されることにはならないとされた事例
3 しかしながら、医療機関側に全責任を負わせるのは公平を失するとして、損害算定の場面において、過失相殺の法理を類推適用して、損害額の4割を控除した事例
対象事件 :福岡高裁平16(ネ)第1017号
事件名: 損害賠償請求控訴事件
年月日等: 平18.7.13第3民事部判決
裁判内容: 取消、自判・山鹿市につき確定、日本赤十字社につき上告、上告受理申立
弁論終結: 平成18年5月9日
原審: 熊本地裁平13(ワ)第785号 平16.1021判決
控 訴 人 甲 野 春 子
外3名
上記4名訴訟代理人弁護士 吉 井 秀 広
被控訴人 山 鹿 市
同代表者市長 中 嶋 憲 正
同訴訟代理人弁護士 川 野 次 郎
被控訴人 日 本 赤 十 字 社
同代表者社長 近 衛 忠 W
同訴訟代理人弁護士 加 藤 済 仁
同 桑 原 博 道
同 蒔 田 覚
同 大 平 雅 之
(以下においては、控訴人らをいずれも「控訴人」の肩書と名のみで表示し、被控訴人らを「被控訴人山鹿市」、「被控訴人日赤」という。)
主 文
1 原判決を次のとおり変更する。
(1)被控訴人らは、いずれも連帯して、控訴人春子に対し2590万2378円、控訴人太郎、同夏子及び同秋子の各人に対しそれぞれ680万0792円並びにそれぞれに対する平成12年6月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、第1、2審を通じてこれを2分し、その1を控訴人らの、その余を被控訴人らの各負担とする。
3 この判決は、第1項(1)に限り、仮に執行することができる。
事 実 及 び 理 由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らは、連帯して、控訴人春子に対し5263万0402円、同太郎、同夏子及び同秋子の各人に対しそれぞれ1433万9231円並びにこれらに対する、被控訴人山鹿市については平成12年5月25日から、同日赤については同年6月1日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被控訴人山鹿市は、控訴人春子に対し4550円、同太郎、同夏子及び同秋子の各人に対しそれぞれ1517円並びにこれらに対する平成12年5月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は、第1、2審を通じ、被控訴人らの負担とする。
第2事案の概要
1 本件は、控訴人らにおいて、甲野次郎(以下「次郎」という。)が被控訴人山鹿市の開設する山鹿市立病院(以下「市立病院」という。)及び同病院からの移送先である被控訴人日赤が開設する熊本赤十字病院(以下「日赤病院」という。)において治療を受けた際、上記各病院に勤務する担当医が、次郎に肺塞栓症を疑わせる所見が見られていたのにこれを疑わず、漫然と心疾患と診断して肺塞栓症に対する適切な処置をせず(不法行為)、これにより次郎を肺塞栓症により死亡させたものであるところ、控訴人らは次郎の被控訴人らに対する損害賠償請求権を法定相続分に従って相続するとともに、控訴人春子においては固有の損害を被ったとして、@被控訴人らに対し、控訴人春子につき5263万0402円、同太郎、同夏子及び同秋子の各人につきそれぞれ1433万9231円並びにこれらに対する遅延損害金の連帯支払いを、A被控訴人山鹿市に対し、控訴人春子につき4550円、同太郎、同夏子及び同秋子の各人につきそれぞれ1517円並びにこれらに対する遅延損害金の支払いを求めた事案である(なお、上記Aは、次郎の市立病院入院中に要した入院雑費相当額にかかる請求である。)。
原審が控訴人らの請求をいずれも棄却したのに対し、控訴人らが控訴した。
2 前提となる事実(証拠により認定した事実については、各項末尾に当該証拠を掲記した。その他の事実は当事者間に争いがない。)
(1) 当事者等
ア 次郎(昭和26年*月*日生)は、平成12年5月ころ(以下、特に断らない限り、いずれも平成12年である。)、山鹿鹿本広域行政事務組合職員として、広域消防に携わっていた。
控訴人春子は次郎の妻、その余の控訴人らは次郎と控訴人春子との間の子である。
イ 控訴人山鹿市は市立病院の開設者であり、乙原三郎(以下「乙原医師」という。)及び丙山四郎(以下「丙山医師」という。)はいずれも同病院整形外科の、丁川五郎(以下「丁川医師」という。)は同病院循環器内科の各医師である。
ウ 被控訴人日赤は日赤病院の開設者であり、戊谷六郎(以下「戊谷医師」という。)は同病院循環器内科の医師である。
(以上につき、原審における控訴人春子、弁論の全趣旨)
(2) 次郎の市立病院における右膝手術と同病院への入院
ア次郎は、5月23日午後3時ころ、勤務中に右膝を負傷した。同日の勤務終了後に、かもと整形外科医院を受診したところ、レントゲン検査の結果、右膝部に異物が認められた。同医院の医師は、上記異物の摘出を試みたが、これに成功しなかったため、次郎を市立病院に紹介した。
イ そこで、次郎は、同日夕刻、市立病院救急外来を受診して、乙原医師の診察を受けた。その際の間診において、次郎は、既往として、@高校生のころ腎炎を患ったが完治したこと、A7、8年前に腰椎推間板ヘルニアを患ったが手術を受けていないことの2点のみ申告し、現病歴につき「なし」と回答した。次郎は、診察の後、同医師の執刀により、同日牛後7時45分ころから、局所麻酔下で異物を摘出し、感染予防のためペンローズドレーンを留置して創部を閉鎖する手術(以下「本件手術」という。)を受けた。本件手術によって摘出された異物は、右膝の皮膚組織と筋膜間にあった針金様と砂様の異物及び脛骨粗面付近の皮下組織内にあった鉛筆の芯様の異物であり、本件手術自体は約1時問弱で終了した。
乙原医師は、抗生剤の点滴投与を行って鎮痛剤を処方したが、臥床安静や入院治療が必要な状態ではないと判断し、次郎に対し、手術創洗浄のため翌日外来受診するよう指示し、次郎は、同日午後10時30分ころ、片松葉杖を使用して帰宅した。
ウ次郎は、同月24日と25日に市立病院整形外科外来を訪れ、24日には丙山医師の、25日には乙原医師の各診療を受けたが、25日に受診した際、乙原医師に対して手術創の痛みを訴えて入院治療を希望した。そこで、乙原医師は、次郎の希望を容れ、同日、同人を市立病院に入院させた。
(以上につき、乙イ1、11、12、原審証人乙原、同丙山)
(3) 市立病院入院中の経過
ア 入院当日(25日)に採血された血液検査の結果は、血小板数(PLT)13.1万個(市立病院における参考値;17.4〜36.2万個)、出血時問2分(同:5分以下)、プロトロンビン(PT)時問11.6秒(同:STD±2・一般に10-14秒とされる。)、プロトロンビン(%)80.8%(一般に70〜130%とされる。)、活性化部分ドロンボプラスチン(APTT)28.8秒(同:25〜40秒)であった。(乙イ2)
イ 次郎が入院した後、乙原医師は、次郎の主治医となり、同月25日から同月31日日中にかけ、次郎に対し、手術創の処置及び朝夕2回の抗生剤の点滴投与を施行した。
次郎の右膝痛、膝後部ひきつけの状態は、入院当初は5段階評価で2〜3であったが、同月28日ころから0〜1となった。また、入院当初、次郎の手術創の周囲を取り囲むように軽度発赤を伴う腫脹がみられたが、下肢全体が腫脹したものではなかった。また、同月29日の次郎の血圧は、収縮期血圧121mmHg、拡張期血圧59mmHgであった(以下、血圧の表示は、例えば上記の場合「121/59」のように表示する。)。
この間、次郎は、臥床安静を指示されず、入院当初から病棟内を松葉杖で歩行していた。また、乙原医師は、同月26日以降局所保護下にシャワー用を許可し、同月27日には下肢筋肉トレーニン指導を実施した。
さらに、同月30日には、次郎の創部の状態好で、ペンローズドレーンからの浸出液も少量となったので、乙原医師は、創部に留置していたペンロ一ズドレーンを抜去した。
(乙イ2、11、原審証人乙原、原審における春子)
ウ 同月31日午後7時ころ、次郎は、「1、2日前から胸が苦しくなることがある。夕方のシャワー用後にも同じ症状があった。」などと看護師に話』し、同室の患者も次郎がシャワーの後苦しそうに戻って来たのを見たと告げた。そこで、看護士が次郎の血圧を測定したところ、127/71であった。看護師は、次郎に内科受診を勧め、その時点での対応を終えた。
(乙イ2)
工 次郎は、6月1日午前5時30分ころ、トイレから病室に戻る際に、意識を消失して廊下で転倒しているところを看護師に発見された。
次郎はすぐに意識を取り戻したが、胸苦しさ、息苦しさを訴え、チアノーゼが認められた。そのころの血圧は113/70、脈拍数は毎分82回であり、不整脈は認められなかった。看護師は、次郎をベッドに運ぶとともに、当直の丙山医師の指示により、次郎に対し、直ちに毎分3リットルの酸素投与及び心電図検査を行った。
さらに、午前6時ころ、同医師の指示により、次郎に対しニトロペンの舌下投与が行われたところ、次郎の胸苦しさと息苦しさは軽快した。その時点での血圧は108/56、脈拍数は毎分76回であり、不整脈は認められなかったことから、同医師は経過観察を指示し、心電図モニターが装着された。
そのころ、看護師は、連絡を受けて来院した控訴人春子から、次郎が1年前に心室性期外収縮との診断を受けたことがある旨を聞かされた。実際、次郎は、平成11年4月及び平成12年3月に、山鹿中央病院を受診し、心室性期外収縮との診断を受けたことがあった。
(甲41、43、乙イ2、原審における控訴人春子)
オ 乙原医師は、6月1日午前8時30分ころ、丙山医師から引き継いで、次郎を診察した結果、緊急に処置しなければならない状態ではないと判断し、同日午前9時ころ、丁川医師に診察を依頼した。その際、乙原医師は、丁川医師に対し、上記心電図検査によれば、「U、V、aVF、Vl、2 NegativeT、V3、4、5軽度ST上昇ある」ように見える旨と心電図検査上明らかではないが、次郎が以前(心室性)期外収縮を指摘されたことがあるそうである旨の2点を申し送った。
その上で、丁川医師は、同日午前9時10分ころ、次郎を診察した。同日午前9時前に採血された血液検査の結果、血小板数は16.9万個、白血球数(WBC)は1万3200個(市立病院における参考価:5500〜8200個)であり、同生化学検査の結果、乳酸脱水素酵素(LDH)値は1035IU/L(同:275〜512IU/L)、クレアチンキナーゼ(CK)値は141IU/1(同:12〜170IU/L)であった。また、市立病院から搬出前にかけて実施された心電図検査によれば、「V、aVF、V1、2、3、4においてT波逆転」との所見が得られた。
丁川医師は、診察した際の次郎の症状や心電図所見から「急性冠不全症」又は「急性心筋こうそく」を疑って、高次医療機関での精密検査及び加療が必要であると診断し、次郎及び控訴人春子の了解を得て、同日午前9時30分ころ、日赤病院に対し次郎の受入れとドクターカーの出動を要請した。上記診断に際し、同医師は、本件手術が施行されたことを既に認識していたが、肺塞栓症の疑いを持たなかった。
(甲23、乙イ2、5〜7、ll、13、乙ロ1、2、19、
原審証人乙原、同丁川、原審における控訴人春子)
(4) 市立病院から日赤病院への移送
ア 戊谷医師は、市立病院からの上記要請を受けて、看護師らとともに日赤病院をドクターカーで出動し、午前10時15分ころ市立病院に到着した。同時点での次郎の状態は、酸素毎分3リットル投与下で、「血圧137/77、脈拍数毎分100、呼吸数毎分20、動脈血酸素飽和度(SaO2)97、チアノーゼなし、意識レベルはクリア、四肢冷感なし、冷汗なし」というものであった。
次郎は、午前10時40分ころ、ドクターカーで市立病院を出発したが、同時点における次郎の状態は、前同様の酸素投与下で、「血圧142/69、脈拍数92、動脈血酸素飽和度97、胸部不快感なし、冷汗なし」であり、搬送中も、血圧140/70位で安定しており、胸痛なしという状態であった。
イ 上記搬出手続の際、丁川医師から戊谷医師に対し、次郎について、@右膝異物除去術後、5月23日から入院中である、Aリハビリ中のところ、6月1日午前5時30分ころ、突然意識消失発作を起こし転倒、胸部の違和感も訴えていた、B30日くらい前から胸部の違和感が存在したとのことであった、C6月1日の心電図検査によれば、U、V、aVFに軽度のST上昇及びT波逆転があり、急性冠症候群又は急性心筋こうそくが考えられるなどとする説明がなされ、以上の点を記載した「診療情報提供書」(以下「情報提供書」という。)が交付されるとともに、D前年に心室性期外収縮を指摘されたが治療の必要性なしということであった旨が申し送られた。
(乙ロ1、2、19)
(5) 日赤病院入院中の経過
ア 次郎は、6月1日午前10時55分ころ、日赤病院に搬入されたが、その時点における次郎の状態は、前同様の酸素投与下で、血圧143/86、脈拍数96、動脈血酸素飽和度97〜98%、胸痛・胸部不快感なしであった。
(乙ロ2、19、原審証人戊谷)
イ 戊谷医師は、日赤病院到着後すぐに次郎を診察するとともに、血液検査及び心電図検査を実施した。診察の結果、肺にラ音はなく、四肢に浮腫は認められなかった。血液検査の結果、クレアチンホスホキナーゼ(CPK)値140IU/1(日赤病院における基準値157〜197IU/1)、乳酸脱水素酵素値559IU/1(同1230〜460IU/l)、白血球数1万1290個(同:3900〜9800個)、赤血球数(RBC)471万個(同:427〜570万個)、血小板数13.8万個(同:13〜37万個)であった。また、同日午前10時55分に実施した心電図検査(乙ロ3)では、V、aVF、V1〜3のT波陰性化、他の誘導でのSTの平低化の所見が認められたが、右軸偏位及びV1でのγSγパターン、VlでのR波の増高及びV6でのS波の増高は認められなかった。
(乙ロ1ないし3、19、原審証人戊谷)
ウ 戊谷医師は、同日午前11時20分ころから、次郎に対し、緊急冠動脈造影検査を実施したが、器質的狭窄の所見を認めなかった。そこで、同医師がエルゴノビン負荷テスト(冠動脈にエルゴノビンを注入して冠動脈のれん縮を誘発する試験)を実施したところ、左前下行肢に90%狭窄のれん縮が認められ、また、次郎が同日朝方の胸部不快感と同様の
不快感を訴えたため、今度は、その治療薬であるニトロールを冠動脈内に注入したところ、上記症状及びれん縮の所見は消失した。
戊谷医師、日赤病院循環器科部長緒方康博医師を含む循環器科医師5、6名は、冠動脈造影検査及びエルゴノビン負荷テストの各結果を合議検討した結果、冠れん縮性狭心症と診断した。
他方、同日午後0時53分ころに撮影された胸部レントゲン写真では、肺野の透亮像に格別の所見はなく、血管影も十分に認められた。
(甲37の4、乙ロ1、2、14、17、19、原審証人戊
谷)
工 次郎は、同日午後1時10分ころ、日赤病院集中治療病棟に入院した。
戊谷医師は、冠動脈造影検査後から同日夜半にかけ、冠れん縮の治療及び検査管による血栓発生の予防を目的として抗凝固薬(ヘパリン)の、上記入院後カルシウム拮抗薬(ヘルペッサーR)の、各投与を開始した。入院時の次郎の状態は、心拍数毎分70台、胸部不快感なし、動脈血酸素飽和度は酸素投与を中止した場合で91%、毎分2リットルの酸素投与下で98〜99%であった。
(乙ロ1、2、19、原審証人戊谷)
一方、同日午後2時ころ行われた心エコー検査によれば、右室径(RVD)は29.5mm(正常値。以下同じ。10〜20mm)、収縮期左室径(LVDs)26.8mm(30〜45mm)であったが、左室壁の動き
は良好で、右室負荷を示す心室中隔の平坦化や奇異性運動は認められなかった。なお、戊谷医師は、同日午後5時31分ころから、ホルター心電図(携帯用長時問心電図記録計)による検査を開始した。
オ 同日午後9時30分ころ、戊谷医師は、次郎の圧迫帯を除去したが、同日午後10時ころ、次郎が、座位になってしばらくして胸痛を訴えたため、心電図検査が実施された。同検査の結果は、日赤病院に搬送された時点のもの(上記イ)と特段変わりがなく、同人は、しばらくして入眠した。そのころの次郎の血圧は安定しており、同日午後11時ころの採血の結果、クレアチンホスホキナーゼ値が146IU/1であるのを見た戊谷医師は、ヘパリンの投与を中止した。
(乙ロ1、2、4、11、13、19、原審証人戊谷)
力 次郎は、同月2日午前3時ころ看護師に対し、「寝ていると息が止まって苦しくなって目が覚める。起きているときはどうもない。」旨述べたが、会話時は穏やかに話しており、同日午前5時ころ看護師が診た際も、胸痛、胸部不快感、呼吸苦の訴えはなかった。
ところが、次郎は、同日午前6時50分ころ、気分不良を訴えると意識を消失し、心拍数が毎分50〜60台となった。次郎は、その約1分後に意識を取り戻したものの、同52分ころから再びしばらく意識を消失した。そのころの血圧は80台、心拍数は毎分48回であり、顔色不良でチアノーゼや冷汗が認められた。また、その際、ホルター心電図検査において、右脚ブロック及びV2〜4にてST上昇の所見が見られた。
戊谷医師は、その直後の同55分ころ、次郎にニトロール投与を行うとともに、同7時25分ころ、次郎の心エコー検査を実施した結果、右心室拡張が著明で、心室中隔の奇異性運動を認めたことから、この時点で初めて肺塞栓症の疑いありと診断した。そこで、同7時55分ころ、肺動脈造影検査のため血管造影室へ移動しようとベッドを動かしたところ、次郎は再び意識を消失し、呼吸停止、高度徐脈を生じた。
(乙ロ1、2、5ないし8、10、ll、13、19、原審証
人戊谷)
キ 戊谷医師らは、心肺蘇生措置を講じる一方、肺動脈の血管造影検査を実施したところ、肺動脈内に血栓を確認し、肺塞栓症との確定診断に至った。
これを受けて、同医師は、血栓溶解剤(グルドパ)の投与を開始するとともに、大動脈内バルーンバンピング法(IABP)や経皮的心肺補助(PCPS)等を施したが、同月4日午前6時24分、次郎の死亡を確認した。
(甲3の1・2、乙ロ1、2、18、19、原審証人戊谷)
(6) 次郎の死因及び肺塞栓症について
次郎の直接の死亡原因は、肺塞栓症である。なお、肺塞栓症は、静脈系で形成された塞栓子(血栓、脂肪、空気等)が、血流に乗って肺動脈内に流入してこれを閉塞し、急性又は慢性の肺循環障害を招く病態である。
(甲3の1、2、4、5、34の2、原審証人戊谷)
3 争点及び争点をめぐる当事者の主張の要旨は、原判決「第2事案の概要」第2項記載の乏おりであるから、これを引用する(ただし、原判決5頁12行目の「時点で」を「午前9時前の採血の結果によれば、」と、同末行の「時点での心電図」を「午前9時ころ乙原医師から丁川医師に申し送られた心電図検査結果」と、同6頁8行目の「6月1日」を「上記採血」と、同13行目冒頭から同14行目「いなかった」までを「肺塞栓症のうち、急性のものは手術や血管造影後の安静解除後に発症すること
が多いとされているところ、上記2の経過からすれば、次郎に生じた肺塞栓症の原因は、日赤病院において実施された冠動脈造影検査以外には考えられない。したがって、次郎は、市立病院に入院している間は肺塞栓症の状態にはなかったし、実際にも次のとおり肺塞栓症を疑わせる事情は見当たらなか、た」と、同8頁25行目の「6月1日」から同末行の「なると」までを「圧迫帯を除去した後座位になっていた同日午後10時ころ」と、同9頁3行目の「40分」を「50分」と、同10頁7行目及び同8行目から9行目にかけての各「心カテーテル検査」をいずれも「冠動脈造影検査」と、同10行目の「SpO2」を「SaO2」とそれぞれ改め、同8頁20行目の「6月1日」の次に「午後2時ころに」を、同10頁7行目の「また、」の次に「被控訴人山鹿市は、次郎の肺塞栓が日赤病院における冠動脈造影検査を原因として発生した旨主張し、」をそれぞれ加える。)。
第 3当裁判所の判断
1 次郎の肺塞栓症の発症時期及びその原因−争点(1)及び(2)の判断の前提となるべき判断−
(1 )次郎の死因は肺塞栓症である(前提事実(6))ところ、争点(1)及び(2)について判断するに当たっては、次郎の肺塞栓症の原因となった塞栓子が生じた時期及び原因、それが肺動脈に到達して肺塞栓症を発症した時期がいつであるのかについての検討が欠かせない。
しかし、次郎について肺塞栓症の疑いがある旨の診断がされたのは、6月2日午前7時25分ころ、戊谷医師において、次郎の心エコー検査を実施した総果、右心室拡張が著明で、心室中隔の奇異性運動を認めたことから、肺塞栓症の疑いを抱いたというのが最初であり(前提事実(5)カ)、その旨の確定診駈がなされたのは、その直後に、肺動脈の血管造影検査を実施し、血栓を確認したことによるのであって(同(5)キ)、市立病院の丁川医師はそのような疑いすら抱いていないのである。
(2) もっとも、次郎が本件手術の当日まで消防士としての通常の業務に従事しており、それ以前に肺塞栓症の既往を疑わしめるような格別の異常が認められなかったことからしても、それを発症したのが本件手術後のことであることは確実である。そうであれば、同人の肺塞栓症発症の契機となった塞栓子が生じたのは、早くても本件手術後のことであり、せいぜい上記血栓の存在を確認する前までのことであるということになる。
しかし、本件の場合、次郎は6月1日に市立病院から日赤病院に移送されているところ、当審に至り、被控訴人山鹿市は、日赤病院に移送後の同病院における冠動脈造影検査により発生したとしか考えられないとするのに対し、被控訴人日赤は、その原因は本件手術にあり、市立病院在院中に既に肺塞栓症を発症していたと考えられる旨主張するなど、本件手術後に次郎の診療に携わった医療機関である被控訴人らの主張及び見解は鋭く対立している(前記第2の3)。
上記のような事情に加えて、次郎の遺体の病理解剖がなされていないということもあって、この点についての判断は極めて困難なものとなるが、幸いなことに、同人の症状の推移や診療経過の詳細が明らかにされているし、適切な医学文献も書証として提出されているので、これらを踏まえてできる限り合理的な結論を導くよう努めるほかない。
(3)肺塞栓症に関する平成12年6月当時の医学的知見は次のようなものであったことが認められる
(甲4〜6)。
ア 肺塞栓症発症の原因及び誘因について
本症の原因となる塞栓子の大部分は、下肢深部静脈や骨盤腔静脈に形成された血栓が剥離・遊離したものであるが、本症の発症には、年齢、肥満、基礎疾患が関係する。また、長時間の同一体位からの変換時(術後、血管造影後の安静解除時、長時間の飛行後など)に発症することが多い。
イ 肺塞栓症の症状について
突然の呼吸困難が最も高率であり、胸痛、不安、咳喀血、目眩、失神等が見られ、重症例ではショック状態となる。他覚的には、頻脈、頻呼吸、頸動脈怒張、第H肺動脈音の充進、不整脈、チアノーゼなどが見られる。
ウ 肺塞栓症の鑑別について
上記イの症状は、他の疾患でも見られるものであって、これらの症状のみから肺塞栓症を鑑別するのは困難である。鑑別すべき他の疾患には、急性心筋こうそく、解離性大動脈瘤、うっ血性心不全など、心肺に障害を来すほとんどの疾患が含まれており、かねて心肺疾患を有する患者においては肺塞栓症の診断は特に困難である。このため、突然の呼吸困
難、胸痛、ショックなどが見られ、その原因が不明の場合、本症を疑うことが重要である。
最も確実に肺塞栓症を鑑別することができる検査方法としては、肺動脈造影又は肺換気・肺血流スキャンが挙げられている。
また、肺塞栓症によって心電図上いかなる特異な変化が顕れるかという点についてはいくつかの見解があるが、少なくとも、右軸偏位、右側前胸部誘導(V1〜3)のT波逆転を認めるという点は共通して指摘されているところである。
心エコー検査では、右房・右室の拡大、心室中隔の左室側への偏位などといった右心系への負荷所見が見られることが鑑別に極めて有効な所見であるが、肺動脈主幹部の血栓が描出できることもあるし、同検査が非侵襲性検査方法であることから、肺塞栓症を疑ったら直ちに心エコー検査を行うことがポイントの一つとされる。
胸部X線写真上は、肺動脈主幹部あるいは左右主肺動脈の拡大、閉塞した肺動脈末梢血管影の減少、肺野の浸潤影、右心系の拡大等の所見が認められることもあるが、必ず伴うものではないから、胸部X線写真において上記所見が認められなかったからといって肺塞栓症を否定し去ることはできない。
(4) ところで、次郎は、6月2日の午前3時ころ、看護師に対し「寝ていると息が止まって苦しくなって目が覚める」と話したこと、同日午前6時50分ころ、気分不良を訴えると意識を消失したこと、その約1分後に意識を取り戻したものの、同52分ころから再びしばらく意識を消失したこと、顔色不良でチァノーゼや冷汗が認められたこと、同7時25分ころ実施した心エコー検査の結果、右心室拡張が著明で、心室中隔の奇異性運動が認められたこと、そこで、戊谷医師は初めて肺塞栓症を疑い、同7時55分ころ、肺動脈造影検査のため血管造影室へ移動しようとベッドを動かしたところ、再び次郎は意識を消失し、呼吸停止、高度徐脈を生じたことが認められるのであり(前提事実(5)カ)、その直後には、肺動脈造影検査の結果、血栓が確認され、肺塞栓症であるとの確定診断に至ったというのである(同キ)。
そして、次郎に見られた上記一連の症状等を肺塞栓症によるものと考えても何ら矛盾がないこと(上記(3)イ)に照らして、これらの症状等は肺塞栓症によるものと認めるのが相当である。
(5) しかして、次郎は、本件手術後、5月30日にはペンローズドレーンの除去を見るまでに回復しており、同人が異常を訴えたのは、翌31日午後7時ころ、看護師に対して「1、2日前から胸が苦しくなることがある。夕方のシャワー使用後にも同様の症状があった。」などと話したのが最初である。しかし、これとても、その愁訴の内容からして、看護師
に上記のとおり告げた時点においても同様の症状が顕れていたとか、それが持続していたものとは見られない。
ところが、次郎は、6月1日午前5時30分ころ、トイレから病室に戻る際に、意識を消失して廊下で転倒しているところを看護師に発見され、間もなく意識を取り戻したものの、胸苦しさ、息苦しさを訴え、かつ、チアノーゼが認められたというのである(前提事実(3)エ)。そして、これらの症状は.肺塞栓症に見られるべき症状(上記(3)イ)と何ら矛盾しないし、上記(4)で肺塞栓症による症状であると認定された日赤病院における6月2日の一連の症状とも概ね同様のものであって、本質的な差異を見出し難い。
しかも、同日午前6時ころ以降に実施された次郎の心電図検査によれば、「U、V、aVF、V1、2、negativeT、V3、4、5軽度ST上昇ある」という結果が示されたというのであるが、このうち、「T波逆転(陰転)」は、肺塞栓症の鑑別においては、複数の見解が一致して掲げる特徴の1つである(上記(3)ウ)。さらに、これに加えて、股関節や膝関節の手術が静脈血栓症の因子と解されているところ(甲34の7)、本件手術は右膝部の筋膜下付近にある異
物を除去するものであったというのであるから、これに符合する。また、次郎は身長175cm、体重83kgであるから(5月25日の入院時における看護記録の記載(乙イ2))、肥満度を示すBMI値は27.1となるところ、同数値は我が国の基準では「肥満(BMI値が25以上)」に該当するものである(原審における鑑定)。
(6) このように、次郎が、5月31日に「1、2日前からある」と訴えた胸苦しさや、6月1日に見られた意識消失等は、それ自体が肺塞栓症によるものであったと見て矛盾しない症状であるというにとどまらず、その他の諸要因についても、これを肺塞栓症によるものと見ることを妨げるものは何一つないのである。
以上によれば、次郎は5月31日の1、2日前から肺塞栓症を発症していたものということができ、どんなに控え目に見ても6月1日早朝の意識消失等はまさに肺塞栓症によるものであると認めることができる。
(7)ア これに対し、被控訴人山鹿市は、次のとおり主張する。
(ア) 次郎が、6月1日の発作時の問診において、「30日ほど前から胸部症状があった」旨訴えていたこと、同発作時に見られた胸部症状がニトロペンの投与によって顕著な改善をみたこと、そのころ得られた心電図は、肺塞栓症ではなく、むしろ虚血性心疾患を疑うべき所見であったことからして、次郎の上記症状(6月1日の意識消失等)は肺塞栓症によ
るものではなく、虚血性心疾患によるものと見るべきである。
(イ) 本件手術の態様と侵襲の程度は、前提事実(2)イのとおりであるから、本件手術は肺塞栓症の素因というに至らない。
(ウ) 5月25日と6月1日午前9時前にそれぞれ採取された血液検査の結果は前提事実(3)ア、オのとおりであり、その血小板数は次郎が肺塞栓症ではないことを示しており、乳酸脱水素酵素、白血球数、クレアチンキナーゼ値は、虚血性心疾患との診断と矛盾しない。
(エ) 次郎は、日赤病院に移送後の6月1日午前ll時20分ころ、冠動脈造影検査を受け、その後右鼠径部に圧迫帯を貼られていたのであるから、これにより血栓が形成され、肺塞栓症を発症したものと見るべきである。
イ しかし、以下のとおり、上記主張はいずれも採用することができない。
(ア)上記問診結果の内容に言及されているのは、丁川医師の陳述書(乙イ13)及び情報提供書においてのみである。これに対し、上記発作時に実際に措置を担当した丙山医師は、上記問診結果について全く言及していないし(乙イ12、原審証人尋問)、看護記録(乙イ1)にもその旨の記載は全く見当たらない。そうであれば、上記問診結果はもとより、「6月1日の30日ほど前から胸部症状が見られた」という事実そのものについても、これを認めるには至らないものといわなければならない。
また、ニトロペンの投与によって胸部症状の改善が見られたということがあるとしても、その一事をもって、次郎の6月1日の意識消失等が肺塞栓症によるものではなく、虚血性心疾患によるものであると結論することはできない。
さらに、丁川医師は、Sreeramらが肺塞栓症において特徴的な心電図所見を7項目掲げ、このうち3項目を満たせば肺塞栓症の可能性が高いとしていることを前提に、市立病院で得られた次郎の心電図所見は、上記7項目のうち1項目しか満たさないとして、これを肺塞栓症の所見であると解するのは不適当である旨供述等する(乙イ13、原審における証人尋問)。しかし、Sreeramらの論文は、「肺塞栓と心電図変化の関連性は、近年までほとんど注意を払われなかった」ことを動機として、「肺塞栓と診断された患者の(略)心電図を、後ろ向き研究で評価』することを目的としてとりまとめられたものであって、「記述された異常(上記7項目を指すことは明らかである。)の3つ以上の発生で、肺塞栓の診断が(略)患者の76%に考慮されることができた」
ことその他の調査結果を指摘した上、「肺塞栓患者の診断に、入院時12誘導心電図が有用であることが証明された」と帰納的に結論しているにとどまる(乙イ10の1、2)。そうすると、上記論文が、心電図所見から肺塞栓症を疑い、又はこれを確定診断するための基準を明示する趣旨に出たものでないことは明白である。そうであれば、丁川医師の上記供達
部分はその前提を欠くものというべきであり、次郎の上記心電図の所見が肺塞栓症において見られるそれと明らかに矛盾するものであったことを認めることはできない。もとより、上記心電図所見が虚血性心疾患との診断に沿うものであったからといって(乙イ13、原審証人丁川)、直ちに肺塞栓症である可能性が否定されるものでもない。
(イ) 本件手術の態様や侵襲の程度が上記のとおりであったからといって、そのことの故に本件手術と肺塞栓症との間の相当因果関係を否定すべきことにはならない(原審における鑑定、当審における被控訴人日赤の主張)。
なお、被控訴人山鹿市は、「控訴人ら及び被控訴人日赤が、本件手術が肺塞栓症の原因であると主張するのであれば、膝の異物の摘出術による肺塞栓症の症例を提出すべきである」(同被控訴人の平成18年3月13日付け準備書面(9)の「4」)などとも主張するが、いかにも乱暴な主張であって、考慮するに値しない。
(ウ )平成12年6月ころの時点では、肺塞栓症に見られる異常値として、乳酸脱水素酵素値の上昇、白血球数の増加などが挙げられているほか、「血小板数の減少を認める場合もある」との医学的知見が存在していたところ(甲8)、次郎の血小板数については、上記2つの時点のいずれにおいても参考値を下回る数値であったというのであるから、「血小板数の減少を認める場合」との指摘と矛盾しないし、乳酸脱水素酵素値、血小板数については、いずれも6月1日午前9時前の採血分についていえば、上記知見に沿う内容であることは明らかである。
そうすると、同検査結果が虚血性心疾患の所見と矛盾しないからといって、肺塞栓症の可能性を否定すべきことにはならない。また、クレアチンキナーゼ値が肺塞栓症において特異な変化を示す旨の医学的な知見は本件全証拠によっても認められない。
(エ)戊谷医師は、冠動脈造影検査の前後に、血栓の形成を予防するヘパリン(乙イ14)を継続的に使用していた(前提事実(5)エ、乙ロ2)のであるから、それにもかかわらず、死亡の結果を招くような血栓が比較的短期聞のうちに形成されたとするのは不自然・不合理である。
2 争点(1)について
(1) 上記1で見たところによれば、丁川医師が、次郎の6月1日の意識消失等を虚血性心疾患によるものであると診断したのは、客観的には誤りであったものといわなければならない。そして、次郎の上記意識消失等及びこれに対する措置等の経過は、同日午前9時ころ、丙山医師から次郎の診療を引き継いだ時点で、丁川医師においても認識するに至ったものである(原審証人丁川)。
また、同引継ぎの際、丁川医師は、乙原医師からの申し送りにより、同日午前6時ころ以降に行われた心電図検査の結果を知らされているところ、同結果のうち、「T波逆転(陰転)」は、肺塞栓症の鑑別においては、複数の見解が一致して掲げる特徴の1つである(上記1(3)ウ)。
さらに、上記1(3)アに加え、次郎が6月1日の9日前に受けた本件手術は、右膝部の筋膜下付近にある異物を除去するものであったこと、次郎は「肥満(BMI値が25以上)」に該当することといった事情を、丁川医師としても十分認識することができたものと認められる。
(2) もっとも、症状や心電図のみでは、肺塞栓症とその他の疾患、特に心疾患と鑑別診断することは極めて困難である(上記1(3)ウ)というのであるから、丁川医師が、6月1日午前9時ころまでに次郎にかかる上記(1)のような所見(症状、最近の手術の既往、心電図検査結果、肥満度)を得ていたからといっても、次郎が肺塞栓症に罹患していると診断することまで期待するのは無理である。
とはいえ、平成12年6月ころの時点でも、急性肺血栓塞栓症においては、診断がつかず適切な治療が行われない場合には死亡の確率が高いこと、他方で、適切な治療がなされれば死亡率が顕著に低下することが知られていたのであるから(甲5)、丁川医師としては、上記時点で、少なくとも肺塞栓症に罹患しているのではないかとの疑いを持つことが必要であり、それは十分可能であったといわなければならない。
なお、その場合にいかなる措置をとるべきであるかを見ておくに、心エコー検査は非侵襲的検査法であることもあって、肺塞栓症を疑った場合には直ちに同検査を行うことがポイントの1つであるけれども、肺塞栓症か否かを確実に診断するには、肺動脈造影又は肺換気・肺血流スキャンによるべきであるとされる(上記1(3)ウ)。他方で、急性肺血栓塞栓症の場合には、その約11%が発症後1時問以内に死亡するとされ、診断がつかず、適切な治療が行われないと、死亡率は30%前後と高率となるとの指摘があり(甲5)、可及的速やかな治療開始が大原則とされている(甲6)。そして、緊急の肺血栓除去術が必要となる場合には、設備・人員の整った基幹病院への移送が求められるし、診断に自信が持てない場合には確定診断をつけた上で適切な治療を行うためにも肺動脈造影又は肺換気・肺血流スキャンの各検査の実施が可能な施設への速やかな移送が求められるというのである(甲与)。そうであれば、肺塞栓症の疑いをもった医師としては、@肺塞栓症罹患の有無について確定診断をするべく、心エコー検査や肺動脈造影又は肺換気・肺血流スキャンの各検査を実施するか、A上記確定診断ないし所要の治療を得るべく、しかるべき高次医療機関に患者を移送するかしなければならないというべきである。そして、Aの措置を講ずるに当たっては、高次医療機関をして@の諸検査に円滑にとりかからしめ、もって、適時適切な診断・治療を可能にするために、少なくとも、肺塞栓症に罹患しているのではないかとの疑いを持っていることを高次医療機関に対して申し送るべきである。
(3) これに対し、被控訴人山鹿市は、上記1(7)アのとおりの主張をして、むしろ次郎については虚血性心疾患をこそ疑うべきであったから、丁川医師が肺塞栓症ではなく、虚血性心疾患を疑ったことについて過失はない旨主張する。
しかし、上記主張をいずれも採用することができないことは、上記1(7)イで検討したとおりである。そればかりか、かねて心肺疾患を有する患者においては肺塞栓症の診断は特に困難であり、肺塞栓症の確定診断には肺動脈造影又は肺換気・肺血流スキャンが有効であるとされているところ(上記1(3)ウ)、6月1日午前9時ころの時点では、これらの検査はいずれも未了であったのであるから、同被控訴人が指摘する虚血性心疾患との判断に沿うような諸所見(ニトロペン投与による症状の改善、心電図検査の結果、血液検査の結果等)があったとしても、直ち、に肺塞栓症の可能性を排除したり、その疑いを考慮しなくても良いということにはならないのは当然である。しかるに、丁川医師においては、肺塞栓症の
可能性をともかくも一応疑った上で、その可能性を排除して虚血性心疾患との診断をしたというのではなく、そもそも肺塞栓症の可能性を全く念頭に置いていなかったのである。
(4) 小括
以上によれば、6月1日午前9時ころ、上記(1)の各所見を得た丁川医師としては、少なくとも次郎が肺塞栓症に罹患しているのではないかとの疑いを持ち、上記(2)の@又はAの措置をとるべきであったものといわなければならない。しかしながら、丁川医師は、次郎が肺塞栓症に罹患しているのではないかとの疑いを全く持つことがなかったのであるから、当然のことながら、これらの措置をとり得るはずもない。同医師は、次郎の症状や心電図所見から、「急性冠不全症」又は「急性心筋こうそく」を疑って、高次医療機関での精密検査及び加療が必要であると判断し、日赤病院に対し、次郎の受入れとドクターカーの出動を要請したにとどまるのである。したがって、その際、日赤病院に対して、肺塞栓症の疑いに言及することもなかったのはいうまでもない(前提事実(4)イ)。
そうであれば、丁川医師には、上記注意義務に違反した過失があるといわなければならない。
3 争点(2)について
(1)次郎は遅くとも6月1日早朝の意識消失時までには肺塞栓症を発症していたものであるが(上記1(6))、同日午前10時55分ころ日赤病院への移送を受け入れて次郎に対する診療を引き継いだ戊谷医師は、同日午後1時10分ころまでに冠れん縮性狭心症と診断し、同月2日午前7時25分ころまで肺塞栓症を全く疑っていなかったのであるから(前提事実(5))、同時点に至るまでの同医師の診断もまた、客観的には誤りだったことになる。
(2)ところで、次郎が日赤病院に移送された6月1日午前10時55分ころの時点では、同人は未だ救命が十分可能であったことが認められるが(原審における鑑定の結果)、翌2日午前7時25分過ぎころ、戊谷医師が肺塞栓症の可能性を疑い、肺動脈造影のため血管造影室に移動させようとした際、症状が急変し、呼吸停止や高度の徐脈が発現したものであって、以後、治療を尽くしたにもかかわらず、その甲斐なく、4日午前6時24分には死亡する至ったものである。
したがって、戊谷医師において、もっと早い時点で次郎の肺塞栓症を疑い、肺動脈造影検査を実施するなどしてその旨の確定診断を得ていたならば、それに相応しい適切な治療が適時に施されることにより、最悪の事態を回避することができたものであり、その意味では、戊谷医師の上記誤診が次郎の死亡の結果に繋がったということは否定すべくもない。
(3) しかしながら、戊谷医師は、市立病院の丁川医師からの要請に基づき、次郎の救急移送を受けて同人に対する診療を引き継いだものであるところ、丁川医師は、次郎について「急性冠不全症」又は「急性心筋こうそく」を疑っていたものであり、その旨戊谷医師にも申し送りをしていること、そして、それが丁川医師の過失とみなされるべきこと(上記2(4))、次郎は日赤病院に移送されてからわずか1日を経ずしてその症状が急変していることなどの諸事情が認められるのであるから、戊谷医師が、6月2日午前7時25分過ぎころまで、次郎の肺塞栓症を疑わなかったことを同医師の過失と見るべきか否かについては、次郎が日赤病院に移送されているにもかかわらず、丁川医師の上記過失がなお問われるべきであるか否かという点と併せて、さらに慎重に検討する必要がある。
ア 本件の次郎の場合のように、ある医療機関で診療を受けていた患者が、より高次の医療機関に移送されるということも少なくないが、その場合は、それを境に、患者は前医から後医の保護管理下に移ることになるのであって、これにより、前医は患者に対する責任から解放される。したがって、仮に、前医に誤診など何らかの過失があるとしても、原則として、後医への移送を機に前医の過失は不問に付され、患者に対して責任を負うのはもっぱら後医であるということになる。
イ もっとも、患者が後医に移送された後も、前医の過失がなお影響を及ぼしているという場合もないわけではない。例えば、(ア)前医の過失のために、既に手遅れとなり、後医としてはもはや手の施しようがない場合などは、もっぱら前医の過失のみが間われることになるのは当然である。また、(め前医の過失が後医の過失の原因ないし誘因となって
いる場合には、双方の過失がともに間われることになるものというべきである。
ウ (ア)そこで、この点を本件について見るに、次郎の場合、日赤病院に移送された時点では未だ救命が十分可能であったことは上記(2)のとおりであるから、上記イ(ア)の場合に当たらないことは明白である。
(イ) これに対し、戊谷医師が次郎について肺塞栓症を疑わなかったことについては、前医である丁川医師の誤診が影響を及ぼしていることは疑問の余地がないから、同イ(イ)は微妙である。
もちろん、後医としては、前医の診断とは別に、自主的に診断をすべきは当然であって、戊谷医師としても、次郎の現在の病状を自ら把握することはもとより、前医における診断内容や前医の下にあった問における次郎の病状の変化、各種検査結果、既往等、前医において収集された情報についても、できる限り客観的に(場合によっては批判的に)分析・検討した上で、次郎の病態を特定し、かつ、それに対応した措置を適時適切に実施しなければならなかったというべきである。
しかしながら、次郎の場合には、6月1日早朝の意識消失を踏まえて日赤病院に対してドクターカーの出動要請がなされ、これを受けて救急移送がなされたのであるから、ことは急を要する。そうであれば、戊谷医師において前医によって収集された各種の診療情報を獲得するに当たっては、前医による診療情報の要約の申し送りを受けることが不可欠であり、かつ、最も効率的である。そして、本件における上記申し送りは、ドクターカーで市立病院に派遣された戊谷医師が丁川医師から得た説明と情報提供書によってなされたものであり、その内容は前提事実(4)イのとおりである。そのうち、最も重要な意義を有するのが、急性冠症候群又は急性心筋こうそくの疑いがあるとの丁川医師による診断結果であることは多言を要しないところ、これと齟齬するような情報も得られなかったこと、加えて、日赤病院に移送後、改めて実施された心電図検査の結果が移送前と同様であったばかりか、エルゴニビン負荷テストを実施したところ次郎に冠れん縮性狭心症に見られるれん縮が認められ、また、それと同時に胸部不快感を訴えた次郎に対してニトロールを冠動脈内に投与したところ、同症状も上記れん縮の所見もともに消失したというのであるから、戊谷医師が次郎について冠れん縮性狭心症と診断したというのも無理からぬ側面がある(しかも、同医師は、日赤病院循環器科の部長医師を含む同科の医師数名と意見交換をした上で、上記結論を導いたというのである。)。
(ウ) とはいえ、肺塞栓症は、適切な治療が行われないと、死亡率は30%前後と高率となるとも指摘されるなど、可及的速やかな治療開始が大原則とされているのであるから(甲5、6)、医師としては肺塞栓症と考えて矛盾しない症状が見られるときには、その可能性をまず疑ってみることが肝要である。そして、戊谷医師としては、丁川医師から上記のような客観的には誤った診断結果を提供されたものの、市立病院における次郎の症状や心電図検査の結果には肺塞栓症と矛盾するものはなく、むしろ、症状の発現に先立ち本件手術を受けていること、肥満体であることなど、肺塞栓症の誘因となり得るような要素も備わっているという類の情報も把握していたのであるから、丁川医師の上記診断結果にもかかわらず、やはり肺塞栓症を疑って見るべきであったといわなければならない。もっとも、次郎は、市立病院を出発してから日赤病院に到着した後も、胸苦しさ等を訴えることもなく経過していたというのであるから、その時点において肺塞栓症を疑うことを期待するのは現実には酷である。しかし、6月1日午後10時ころに至り、再び胸痛を訴えるに及び、また、その際行われた心電図検査の結果は、搬送された際に実施したものと同様に、肺塞栓症と考えても矛盾しないものであったということからすれば、遅くともこの時点では肺塞栓症を疑うべきであったといわなければならない。
(エ)以上によれば、市立病院における経過に関する情報に接し、かつ、日赤病院において得られた上記心電図結果や、同病院において再発した次郎の上記症状を見た戊谷医師としては、遅くとも、6月1日午後10時ころの時点において、肺塞栓症の疑いを持つことが可能であったし、かつ、そうすべきであったといわざるを得ない。
そして、日赤病院においては、次郎に対し、6月2日朝には実際に肺動脈造影検査が実施されているのであるから(前提事実(5)キ)、上記のとおりの疑いを持ったならば、その時点で直ちに肺動脈造影検査を行って肺塞栓症罹患の有無を鑑別することが可能であったし、かつ、その措置を行うべきであったということができる。
しかるに、戊谷医師は、上記丁川医師の診断結果を認識した後、もっぱらその疑いを念頭に置いて冠動脈造影検査、エルゴノビン負荷テストを施行したものであり、また、胸痛が持続する場合にはニトロペンを舌下投与すべき旨を指示しただけで、肺塞栓症を鑑別対象に入れることは6月2日朝に至るまでなかったというのであるから、この点につき、戊谷医師には上記注意義務に違反した過失があるというべきである。
なお、これまで見てきたところからすれば、丁川医師の過失もなお不問に付されることにはならないものというべきであるが、この点については後記4(2)で改めて判断する。
(4) これに対し、被控訴人日赤は、次のとおり指摘して、次郎の日赤病院への入院当時及びその後の症状は冠れん縮性狭心症を疑わせるものではあっても、肺塞栓症を疑わせるものではなかったから、日赤病院の医師において6月1日午後10時ころまでに肺塞栓症を疑わなかったことに過失はないと主張する。
(ア) 件手術は肺塞栓症の誘因たるべき手術に当たらない。
(イ) 郎は、6月1日の30日くらい前から胸部不快感(違和感)を自覚していた。
(ウ) 識消失、エルゴノビン負荷テストの結果及びその後のニトロールの冠動脈注入の効果は、冠れん縮性狭心症と診断するに十分な所見である。
(エ)心電図検査によっても、肺塞栓症の所見である右軸変位、V1でのγSγ‘パターン、V1でのR波の増高、V6でのS波の増高の所見が認められなかったし、胸部レントゲンでも肺塞栓症を疑わせる所見は認められなかった。また、6月1日午後2時ころに施行された心エコー検査においても心室中隔の左室側偏位や奇異性運動、圧排像が認められていない。
イ しかし、上記主張はいずれも採用することができない。
(ア) 同被控訴人は、当審においては、明らかに上記ア(ア)の主張と相容れない主張をするに至っているのであるから、そもそも上記主張が維持されているのか否かさえも疑わしいが、いずれにしても同主張が採用の限りでないことは上記1(7)イ(イ)で見たとおりである。
(イ) 上記ア(イ)の主張に沿う事実が認められないことは、上記1(7)イ(ア)で見たところである。もっとも、丁川医師が戊谷医師に上記のような不正確な情報を提供したということ自体は認められ、そのことが本件手術を肺塞栓症の誘因として考慮することを妨げる要因になったということは承認しなければならないが、それが肺塞栓症を疑うについての決定的な障害になるとはいえない。
(ウ) また、上記ア(ウ)のとおり冠れん縮性狭心症との診断に沿う所見が得られたとか、心電図所見や胸部X線写真の所見が同国のとおりであったからといって、肺塞栓症の疑いが直ちに排斥されるべきことにはならないし(上記1(3)ウ)、6月1日午後2時ころ実施された心エコー検査の結果が上記ア国のとおりであったからといって、6月1日午後10時ころまでに肺塞栓症を疑わなかったことをやむを得ないと評価するまでには至らない。
4 丁川医師及び戊谷医師の各過失と死亡との因果関係並びに被控訴人らの責任原因について
(1) 肺塞栓症の予後については、平成12年6月ころの医学的知見においても、急性期を乗り切れば安定し、良好な経過をたどるとか、適切な治療により死亡率が6〜8%程度にまで低下するなどと指摘されていたところ(甲5、6)、次郎は、6月1日午後10時ころの時点では、血圧は安定しており(前提事実(5)オ)、その時点で、肺塞栓症を鑑別対象にした検査をさらに実施し、肺塞栓症との診断結果が得られれば、十分に救命は可能であったということができる(原審における鑑定の結果)。
そうであれば、戊谷医師の過失と次郎の死亡との問に相当因果関係が認められることは確実である。
(2) しかし、戊谷医師の過失の存在により、丁川医師の過失と次郎の死亡との間の因果関係が直ちに切断されることにはならない。戊谷医師による診療は、前医である丁川医師から引き継ぎを要請された後医としてなされたものであり、しかも、丁川医師は、過失により、戊谷医師に客観的には誤った情報を提供していたこと、それが戊谷医師の過失の誘因となったことは否定できないからである。すなわち、丁川医師からの要請に基づいて次郎の救急搬入に応じた戊谷医師にとっては、時問的制約の下で次郎に関する診療情報を獲得するに当たり、その多くを情報提供書に頼らなければならない立場にあったことは上記3(3)ウ(イ)のとおりである。そして、戊谷医師が、情報提供書に記載された客観的な診療・病状の経過や既往にもかかわらず、もっぱら心疾患を念頭に置いた検査・治療に偏ることになったのは、情報提供書に丁川医師の診断結果として急性冠症候群、急性心筋こうそくの疑いと記載されていたからにほかならないのである(原審証人戊谷)。
そうであれば、丁川医師の過失が、戊谷医師をして同医師自身が負っていた注意義務違反を惹起させたものと評価すべきであり、ひいては、丁川医師の過失と次郎の死亡との間にも相当因果関係を認めるべきこととなる。
(3) 上記(1)、(2)によれば、丁川医師の使用者である被控訴人山鹿市及び戊谷医師の使用者である被控訴人日赤は、上記各医師の過失によって生じた損害を賠償する義務を負うことになる。そして、市立病院の丁川医師と日赤病院の戊谷医師は、互いに一方が他方のした医療行為そのものに共同して従事したわけではないけれども、丁川医師と戊谷医師の各過失は、前医の要請に基づいて後医に対して次郎の診療が引き継がれた一連の過程において存在したものである上、各過失のいずれについても次郎の死亡との間の相当因果関係が認められることからすれば、被控訴人らは共同不法行為者として、連帯して、上記各不法行為に基づく損害賠償義務を負担するものというべきである。もっとも、後医に対して患者を移送した前医は移送を契機に患者に対する責任から解放されるのが原則であるにもかかわらず(上記3(3)ア)、本件においては前医である丁川医師の過失が後医である戊谷医師の注意義務違反を惹起した誘因であるとして、なお次郎の死亡との問の相当因果関係を肯定されるのであるから(上記(2))、丁川医師の責任は戊谷医師のそれよりもかえって大きいとさえいうことができる。
5 争点(3)について
(1) 治療費及び入院雑費について
控訴人らは、次郎につき、5月25日から6月1日までの間の市立病院における入院雑費、同日以降の日赤病院における治療費(ただし、後刻医療付加金による填補額を控除する。)及び入院雑費を上記不法行為に基づく損害と主張する。
しかし、上記各費用は、実際に次郎が市立病院と日赤病院において医療行為を受けたことに基づいて生じたものであって、上記不法行為が存在しなければ、本来負担する必要のない費用であったとまでいうことはできない。
したがって、上記各費用は上記不法行為と相当因果関係を有する損害であるとは認められない。
(2) 次郎の逸失利益
ア 基礎収入について
(ア)次郎は、かねてから広域消防に携わる地方公務員であって(前提事実(1)ア、弁論の全趣旨)、平成11年中には709万3573円の給与収入を得ていたところ(甲29)、本件手術当日まで勤務に就いていたこと(前提事実(2)ア、イ、原審における控訴人春子)、本件手術は局所麻酔下で右膝皮下の異物を除去する程摩の手術であって、手術創そのものの回復経過は順調であったこと(前提事実(2)イ、(3)イ)、肺塞栓症の予後については、適切に診断治療が行われれば死亡率が顕著に低下するとか(甲5、乙ロ22)、急性期を乗り切れば自然寛解する(乙ロ23)旨指摘されていることからすれば、上記給与収入額をもって、上記不法行為に基づく逸失利益の算定基礎となる収入と認めるべきである。
(イ) とはいえ、次郎が地方公務員であったことからして、同人が60歳を過ぎても上記(ア)と同程度の収入を得られる蓋然性まであるかといえば、疑問なしとしない。
そうであれば、60歳から67歳までの7年間については前同額の6割に相当する425万6143円(円未満切り捨て。以下同じ。)をもって基礎収入とするのが相当である。
イ 生活費控除率について
平成12年6月当時、控訴人春子も准看護師として勤務しており(原審における同控訴人、乙イ2)、相応の収入を得ていたことが認められるから、次郎の逸失利益を計算するに当たっては、その生活費控除率は40%とするのが相当である。
ウ 結論
上記ア、イによれば、次郎の逸失利益は、709万3573円×(1-0.4)×7.7217+425万6143円×(1−0.4)×(12.0853-7・7217)=4400万7928円となる。
(3) 死亡慰謝料
次郎の家族構成は前提事実(1)アのとおりであるところ、平成12年6月当時、@控訴人春子も准看護師として稼働していたこと(上記(2)イ)、A控訴人太郎及び同夏子は既に成人しており、次郎、控訴人春子及び同秋子と別居していたこと(乙イ2)からすれば、次郎の死亡慰謝料については、これを2400万円と認めるのが相当である。
(4) 小計
上記(1)ないし(3)によれば、上記不法行為によって次郎に生じた損害は、4400万7928円+2400万円=6800万7928円となる。
(5) 次郎に生じた損害の減額
ア 平成12年6月当時の医学的知見においても、肺塞栓症は、これと鑑別すべき他の疾患に急性心筋こうそくを含むほとんどの心疾患が含まれている上、かねて心肺疾患を有する患者においては肺塞栓症の診断は特に困難であったものであるところ(上記1(3)ウ)、次郎は平成11年から12年にかけて、数度にわたり、胸部不快感を訴えて山鹿中央病院を受診し、心室性期外収縮との診断を受けたことがあること(甲41)、6月1日早朝の発作の際、ニトロペンの舌下投与を受けると胸苦しさの症状が軽快し、同日のエルゴノビン負荷テスト(及びその後のニトロール注入)の結果は冠れん縮性狭心症の診断に沿うものであったこと(前提事実(3)エ、(5)ウ)など、次郎について心疾患を疑ってしかるべき諸要素があったために、肺塞栓症の疑いを持ち、さらにその旨確定診断するについて困難な事情があったことは疑問の余地がない。しかも、丁川医師が次郎を診察したのは6月1日の午前9時10分からのほんのわずかな時間であって、それにもかかわらず、直ちに「急性冠不全症」又は「急性心筋こうそく」を疑って、高次医療機関での精密検査及び加療が必要であると判断し、同日午前9時30分ころには、日赤病院に対し次郎の受入れとドクターカーの出動を要請したものであるところ、同医師が日赤病院への移送を決断したこと自体は相当であったものということができるのである。また、戊谷医師にしても、次郎を受け入れてから1日も経たないうちに同人の容体が急変しているのである。このような事情を考慮するならば、上記のとおり、丁川医師及び戊谷医師がともに過失責任を免れないとしても、直ちに全責任を負わしめるのはいかにも酷というべきである。
イ そうであれば、結果に寄与した次郎の素因ないしは被害者(患者)側の事情として上記アの諸事情を考慮し、上記不法行為と相当因果関係を有する損害額を一定の割合で減額するのが相当である。
そして、上記減額の割合は4割と認めるのが相当であるから、被控訴人らが賠償すべき次郎の損害額は、6800万7928円×(1-0.4)=4080万4756円となる。
なお、被控訴人らは、この趣旨の主張を明示的にはしてはいないが、控訴人の請求及び主張を全面的に争い、心疾患であると診断したことの正当性を主張してやまないその訴訟上の対応からして、このような主張をしているものと解して差し支えない。
(6) 相続
控訴人らは、次郎の被控訴人らに対する損害賠償請求権を法定相続分に従って相続したから、控訴人ら各入が請求可能な金額は、ア控訴人春子につき4080万4756円×1/2=2040万2378円イその余の控訴人各人につき4080万4756円×1/6=680万0792円
となる。
(7)控訴人春子固有の損害
ア 葬儀費用
控訴人春子は、次郎の葬儀を主宰し、合計161万2708円を出掲しているところ(甲27、28、弁論の全趣旨)、上記不法行為と相当因果関係を有する葬儀費用としては、これを150万円と認めるのが相当である。
イ 弁護士費用
弁論の全趣旨によれば、控訴人らは、本件訴訟の追行を訴訟代理人弁護士に委任したものであるところ、控訴人春子がその余の控訴人らの母であり、かつ、控訴人らが請求できる額のほとんどは次郎について生じた損害額であることが認められ、それによれば、上記弁護士費用については控訴人春子がその全額を出指する意向であって、これを同控訴人固有の損害であるというて差し支えないというべきである。
そして、その場合に上記不法行為と相当因果関係を有する弁護士費用については、これを400万円と認めるのが相当である。
(8) 小括
以上によれば、被控訴人らに対して填補を求めることができる額は、控訴人春子につき2040万2378円+150万円+400万円=2590万2378円、その余の控訴人ら各人につき680万0792円となる。
6 結論
以上の次第で、本件請求は、被控訴人らに対し、控訴人春子において2590万2378円、その余の控訴人各人において680万0792円及びそれぞれに対する不法行為日である平成12年6月1日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の連帯支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は棄却すべきである。これと結論を異にする原判決は変更を免れず、本件各控訴は上記の限度で理由がある。
(裁判長裁判官・西 理、裁判官・有吉一郎、裁判官・吉岡茂之)
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