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  医療者の意識変化
 
医療技術の発展はめざましく、その情報量は膨大です。
医療者は知識と技術の修得に真剣に対応しないと取り残されてゆく状況です。
さらに、医療に対する社会の要求も高まっています。それは技術的なことに限りません。治療姿勢や倫理観や社会性も求められ、患者(飼い主)の希望にどう対応するかも問われます。
医療者にとっては厳しい環境ですが、時代の流れと意識変化は止められません。
 
知識は学問で修得できます。一方、飼い主の意識は、常日頃の感覚を研ぎ澄まして感じるしかありません。
まずは、一般の患者(飼い主)がどのように考えているかを知る必要があります。
世間に媚びるのではなく、良心と誇りを持って社会の変化に適応する能力が大切です。
 
注) 以下は主に獣医療に焦点を当てています。

11    J言動には気をつける (言ってはいけない言葉) 
 
 
飼い主に対する「言葉遣いや態度」(接遇またはマナー)は、「医療の質」と同様に飼い主との信頼構築にとって重要です。
治療内容が優秀でも、獣医師やスタッフのマナーが悪ければ信頼関係が崩れてしまい、その後の治療の支障になります。
時にはそれが原因となって飼い主は他院を受診してしまいます。
悪気はなくてもデリカシーに欠ける発言は大きなマイナス要素となるため、日頃から飼い主の立場を考えながら接遇する意識が必要です。
医療者は自身の言っている言葉について自覚が乏しい傾向にあります。
医療者としてだけではなく、常識的な社会人としてふさわしい発言をしなければなりません。
また、マナーを欠いた言葉を言われた飼い主は、不信感を持ってもあえてそれを指摘することはほとんどありません。
あまりにも愚かしいために、「しかたない、しょせん獣医師はこんなもの」、と、あえて指摘する気力すら起こらないのが本当の理由です。
マナーは自分自身が意識して気をつけるしかありません。
 
以下に、代表的な「言ってはいけない言葉」を列記します。
 
 「だめじゃないか!」  「飼い主がしっかりしていないからだ!」  「何でこんなになるまで放っておいたんだ!」
 
頭ごなしに叱りつける口調は飼い主の反感を買います。あるいは、飼い主の気持ちを委縮させます。
叱ることで物事が好転することは絶対にありません。
獣医師は叱咤激励のつもりと思っていても、こうした発言は自身のいらだちを単に飼い主にぶつけているだけのことです。
飼い主が治療の意味を分かっていないのであれば、怒るのではなく指導するのも治療の一環です。
 
● 病気になったのは、 「飼い主のせい」  「動物のせい」
 
こう言われたら飼い主は毎違いなく落ち込むか、逆に猛烈に反発します。
飼い主も動物も好きこのんで病気になっているわけではありません。
この言い方は、獣医師の無能ぶりと責任転嫁の考え方を浮き彫りにします。
 
 
● 「気のせい」  「気にしすぎ」
 
あたかも飼い主が勝手に病気を作っているかのように感じます。
飼い主はいつもと様子が違うと判断して受診しています。「気にしすぎだ」と言われると、飼い主は自分の判断が軽くあしらわれたと感じ、次回から受診しにくくなります。
また安易にそう言った場合、隠された病気を見逃している恐れがあります。実際にもあとで本当に病気が判明することもあり、大きなトラブルの原因になります。
 
● 「年のせい」
 
動物が高齢であるのは事実としても、こう言われてしまうと身も蓋もありません。
年を取ってもできるだけ治療して欲しいと思うのは飼い主の当然の意識であり、年だからといってはじめから治療放棄のような言い方では、冷酷で薄情な獣医師と見なされます。
 
● 「絶対に治りません」 「一生治らない」
 
最初から突き放したように言い切ってしまうと、飼い主は激しいショックを覚えます。
現状を丁寧に説明し、どんな治療が可能であるのかを飼い主と相談しながら方針をたてる姿勢が必要です。
治らない病気はたくさんありますが、少しでも改善し長生きできるように努力するのが医療です。
 
● 「もっとひどい動物もいる」
 
獣医師は「それほど悲観しなくてもよい」、という慰めの気持ちであるとしても、飼い主は、現状があたかも軽症で取るに足らない、ほでほどで我慢しなければならないのか、と反発します。
もっとひどい動物がいるのはわかるが、では結局、今苦しんでいて診てもらいたいのに治療はしてくれないのか? 飼い主は不信感を持ちます。
他の病気の動物と比較しても治療上全く無意味です。
 
 
 「どの動物でもかかる病気だ」  「少しくらいは我慢させなさい」
 
状態が悪いのにこのように言われたら飼い主は絶対に納得できません。
そもそも我慢を強いるのは医療者としては失格です。
 
●  「(獣医師の)言うとおりに従っていなさい」
 
飼い主は口を出すな、という高圧的な態度は、飼い主の反感を買います。
飼い主は相談もできなくなり、獣医師との信頼関係は作られません。
こういう発想をしていること自体、もはや時代遅れも甚だしく、社会に通用しません。
 

12    K飼い主はなぜ転院するか (説明能力は獣医師の技量を見る基準になる)
 
飼い主を甘く見ると痛い目にあう
 
飼い主は治療の質を判断する時、「治療結果」「獣医師の説明」を基準にして考えます。
この2つが満たされると、飼い主は治療に満足し、獣医師を信頼します。
しかし、病気によっては良い治療結果が得られないこともあります。
当然飼い主は不満を持ちますが、だからといって直ちに獣医師を信用しなくなったり、転院や治療の中止を求めたりするわけではありません。
治療成果が不良の時は、飼い主は獣医師の説明を聞いて判断することになります。
納得できる説明かどうか? 病態を正しく把握できているかどうか? どんな方針を立てているのか?
もし病状説明が不十分であれば、飼い主は獣医師の技量を疑い、徐々に気持ちが離れていきます。そして最終的に治療を拒否し受診を中断します。
治療の途中で受診しなくなる飼い主がいますが、その中には、担当獣医師の腕を見限った場合も含まれています。
獣医師は、飼い主が勝手に来なくなった、と非難する前に、治療に不信をもたれていなかったかどうかも考慮する必要があります。
 
医療者の説明が重要な意味を持つことは、人医療に関するアンケート結果でも明確に示されています。患者も飼い主も、医療者の技能を見極めてから治療を依頼する考え方は共通であり、獣医療でも大変参考になります。以下にそのアンケート内容を紹介します。
 
 
 
対象 患者さん 1000人
(医療雑誌より引用2006年)
 
● 医師の技術の判断基準(複数回答)
 
1.実際に治療を受けた時の説明内容など、医療スタッフの言動       65.6%
2.親戚・知人などからの口コミ                            42.6%
3.その医療機関で実際に治療を受けた人からの情報             30.1%
4.医療関係者の知人からの情報                          16.6%
5.その医療機関が提供・開示している診療内容や治療成績などの情報  15.6%
6.インターネット上の情報(掲示板など)                      13.6%
7.他の医療機関からの情報(紹介やセカンドオピニオンを含む)        8.3%
8.テレビ・雑誌などのメディア情報                          4.5%
9. その他                                         2.3%
10.判断のしようがない                                15.4%
 
 
● 医師に求める条件 (複数回答)
 
1.説明が丁寧でわかりやすい                          80.7%
2.患者の話に真剣に耳を傾けてくれる                     78.8%
3.医療知識が豊富で診断技術が高い                     64.5%
4.丁寧で思いやりのある言動                           59.7%
5.診療に十分な時間をかけてくれる                       50.4%
6.カルテなどの診療情報を包み隠さず開示してくれる            46.2%
7.患者の理解を助ける資料などを随時渡してくれる              38.9%
8.医師としての経験の長さ                             34.9%
9.治療費のことを考え、検査回数や投薬量を最小限に抑えてくれる    30.5%
10.治療費のことを考え、後発医薬品を中心に処方してくれる       27.4%
11.専門医の資格                                  23.1%
12.十分な検査や投薬を行ってくれる                      19.0%
13.多少厳しくても威厳の感じられる言動                    10.5%
14.出身大学・過去の勤務歴                             5.9%
15.先発医薬品を中心に処方してくれる                      5.1%
16.その他                                        2.2%
  
 
上の結果から、患者は医師の説明を聞いてその医師の能力を判断していることがわかります。
 
 
ところで、治療を中断して中断または転院する患者は、どのような理由で転院するのでしょうか?
そのアンケート結果を示すます。
 
● 通院・入院先を変えた理由(複数回答)
 
1.治療結果に満足できなかった(医療レベルが低いと感じた)          17.9%
2.待ち時間が長かった                                  11.8%
3.治療法や診断に対する医療スタッフの説明がわかりにくく不十分だった   10.7%
4.医療スタッフの言動が横柄で思いやりに欠けていた                9.3%
5.通院に不便だった                                     6.7%
6.不要だと思われる検査・投薬が多かった                        6.2%
7.患者のプライバシーへの配慮に欠けていた                     3.7%
8.診療時間が短かった                                    3.3%
9.医療機器が充実していなかった                            3.2%
10.頻繁な通院を求めてきた                                2.9%
11.院内外が清潔感に欠け、設備類も不十分だった                 2.6%
12.治療費が高かった                                    2.5%
13.治療費の内容が分からなかった                           1.9%
14.診療情報の開示・提供に消極的だった                       1.8%
15.医療事故や院内感染に対する安全管理に不安を感じた             0.7%
16.半強制的に転院を求められ、嫌気がさした                      0.4%     
7.その他                                            4.6%
18.不満が原因で通院・入院先を変えたことはない                 62.4%
 
 
 
同様に、どのような理由で通院入院先を選んだのかについても参考になります。
 
● 通院・入院先を選んだ理由(複数回答)
 
1.通院に便利                                     69.5%
2.治療に関する医療スタッフの対応が丁寧でわかりやすい         30.9%
3.医療技術の高さ                                  30.3%
4.医療スタッフの対応が丁寧でマナーもしっかりしている          28.5%
5.医療機器が充実している                             24.6%
6.待ち時間が短い                                  21.8%
7.不要と思われる検査・投薬が少ない                      15.7%
8.内外装がきれいで快適                              15.5%
9.診療情報などの提供・開示に積極的                     11.3%
10.治療費が安い                                   9.4%
11.患者のプライバシーに十分な配慮がある                   6.8%
12.医療事故や院内感染に対する安全管理がしっかりしている        5.7%
13 その他                                       12.4%
 
 
以上のアンケート結果からも分かるように、患者(同様に飼い主も)は、医療者の説明を重視しています。
さらに、医療者(スタッフ)の言動や丁寧な対応も望んでいます。
 
医療者の一方的な都合や解釈で治療を進めるやり方では通用しないことを認識してください。

13    L獣医療の質の標準化(Standarization)と普及の重要性
 
 
小動物獣医療の重要性は全国共通であるにもかかわらず、獣医師個人または病院間の能力に大きな差があり、提供される獣医療の質に大きな格差があります。
標準レベルの獣医療が普及しなければ、獣医師(動物病院)数がいくら増加しても獣医療の質が向上しません。
 
標準レベルの獣医療」を定義つける明確な基準はありませんが、一般教科書や学会誌に記載されている内容と考えるのが一般的です。特に獣医療裁判判決においては明確な判断基準として証拠に採用されます。
標準治療の普及によって獣医師は自身の実力の程度をはっきりと認識でき、今後学ぶべき方向性が明らかになります。
なお標準医療は技術や知識のみならず、獣医療への姿勢や考え方をも含んでいます。
 
獣医療の質を維持するためには、獣医師は多くの症例を経験し、かつ、他の獣医師から適切な指導やアドバイスを受けながら修得することが重要です。
また、誰もが実施する基本的手技(穿刺、注射、縫合、挿管、膀胱カテーテル挿入、避妊去勢術、等)や救急時対処(ショック、心不全、けいれん、喘息発作、等)時の対処に加えて、治療リスク(合併症)に対処できる標準的能力を身につける必要があります。
 
残念ながらこの点について、多くの病院の研修体制は系統的な幅広い研修を行っているとは言えません。
研修先の病院(院長)の能力や考え方が良くも悪くも研修生に引き継がれ、病院間の医療格差是正に生かされていない現状があります。
院長によって指導方法が違うと、研修医は、「ある先生に言われたとおりにやったら別の先生に叱られた」ということも起こります。
複数の病院で研修する場合、前の病院の方法がすべて否定され、一からやり直しでそれまでの努力が無駄になることがあります。
逆に、他院で研修を受けてある程度腕に自信のある代診獣医師が院長方針と異なる治療を実践してトラブルをおこすこともあります。
さらには、病院(院長)間の派閥争いや意見対立などの障壁のために、研修医の自由な情報交換や人的交流が阻害されることも珍しくありません。
 
研修医「A病院に行ってBの手術を覚えたいので許可を下さい」。
院長  「A先生は気に入らない。あんな治療はダメだ。そんなのに行く時間は与えられない。」
こんな事態も起こります。
 
しかし、教科書や学会やインターネットを通じて獣医療情報を容易に収集できる現在、標準医療の実践は不可避の状況になっています。
技術を磨き、標準治療を実践し、広く普及させることで全体の質を高める仕事こそ獣医師本来の使命といえます。
 
すべての獣医師が標準治療を実践することが出来れば、獣医療全体の質は著しく向上します。
獣医師同士は互いの治療内容を信用でき、情報交換や連絡が効率よくできます。そうした下地が出来てこそ、互いに紹介や夜間休日の臨時診察などをスムースに行うことができます。
 
「他院へ紹介したらどんな治療をされるかわからない、とても信用できないし任せられない」、
「他院の避妊去勢術後の合併症の後始末でうんざりだ」
といった類の不信や紹介抑制は改善する可能性があります。
 
何よりも、動物も飼い主も安心して治療を受けることが出来ます。
この環境作りこそ獣医師が果たすべき責務であり獣医療の目的であり、必ず実現させなければなりません。
 

14    M定年後の飼い主の増加によって獣医療は大きく変わる  
 
 
現在ペットを家族として迎える人口は増加の一途をたどっています。そして飼い主の年齢層も幅広くなっています。
特に2007年は団塊の世代が定年になる年で、約700万人もの大量の人が仕事を離れ余生を送ることになります。関連して、ペットを飼う人口が飛躍的に増加することが予想されます。
ペットフード工業会(東京都中央区)では、この定年後の人口が今後の高齢化社会の中核を担い、世論を形成していく存在となり、今後の犬や猫の飼育意向に大きく反映されるものと考えてアンケート調査をおこなっています。
第2回「退職後の犬猫飼育に関する意識調査」(リンク参照)では、団塊世代(1947〜55年生まれ)を含む50代の男性ビジネスマン200人とこの世代を夫に持つ専業主婦それぞれ200名を対象にアンケート調査したところ、犬や猫を飼うことが定年後の人生に良い影響を与えると考える人が全体の7割を占めています。さらに、犬や猫をペットにしている人で、定年後も「飼い続けたい」「多分飼い続ける」としたのは112人、また現在は飼っていないが、定年後「犬や猫を飼いたい」する人も67人に上っています。
アンケート内容から、飼い主が犬猫に求めるのは「癒し」であることが分かります。
 
現在のストレス社会において、家庭に動物がいることで心の安らぎと穏やかな気持を取り戻すことができます。極上の笑顔で無心の愛情を与えてくれる心の触れあいは何ものにも代え難い宝です。
ペットは人間社会にとって大変重要な存在となっています。
 
初めてペットを飼う飼い主、特に定年後の年代の飼い主たちは、動物病院や獣医師をホスピタリティーや職責意識の面で人医療と同等と期待して受診します。同時に、獣医師は正当でふさわしい獣医療を提供してくれるものと純粋に信じています。
その気持ちが純真であるだけに、獣医師の明らかな不正医療行為や私利私欲にまみれた損得勘定に直面して医療被害を受けたとき、飼い主の精神的ストレスは甚大になります。
定年後の年代の人は社会的経験が豊富で、相手の悪意や虚偽を見抜く洞察力があります。人生の裏、人間の裏、経営の裏を知り抜いています。
また、子育ての経験を生かして愛情をもって動物の個性や豊かな心を育てるゆとりが持てる世代とも言えます。
もし獣医療に不正があればそれを確認し明確にする対応をとることが予想されます。
 
獣医療者が今までのように飼い主の訴えと対応を軽視して済まそうとするのは不可能でしょう。
 
しかし一方では、動物数の増加は獣医療の社会的基盤を整えるための絶好の機会ともいえます。標準的な獣医療を確立するために獣医療全体の連携が一層重要になってきています。
 
 
(参考リンク)
ペットフード工業会HP http://www.jppfma.org
TITLE:第12回(平成17年度)全国犬猫飼育率調査結果
URL:http://www.jppfma.org/topics/topics0601.html
TITLE:第2回「退職後の犬猫飼育に関する意識調査」
URL:http://www.jppfma.org/topics/topics0611.html

15    N獣医師は飼い主の気持ちを理解して行動すべし   
 
 
医師は子供の病状説明などは、本人よりもむしろ親(責任者)に対しておこないます。
この関係は獣医師と飼い主のそれと同じです。親が理解し納得する治療を実施することになります。
獣医師自身が親の身になって治療を考えると、自身がすべきことが理解しやすいでしょう。
獣医師のほんの些細な判断ミスでも、飼い主の身になれば、ミスによって起きた事故の重大さは深刻です。
 
以下は人医療(小児例)の事例ですが、処置にあたってはすべての合併症を念頭におく必要性を示す例です。もしあなたが獣医師なら、お子さんまたはお孫さんを思い浮かべながら読んでください。
 
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『小児腸重積の整復にバリウムを使用したところ穿孔がおこった。』
症例:3ヶ月 男児 
主訴:吐き気、嘔吐 
臨床経過:朝より食欲低下、嘔吐があった。軟便に少量の血液混入が見られ午後7時に救急受診。
諸検査にて腸重積と診断。
午後8時より腸重積整復術開始、3倍希釈バリウムを使用して整復静水圧90cmにて整復開始。整復は困難を極め何回も希釈バリウムを追加した。5回目の整復時バリウムによる穿孔が起こり中止。
緊急手術にて横行結腸穿孔部閉鎖術を行った。術後ポータブルでは術中の洗浄にもかかわらずバリウムの腹腔内残存が認められた。
術後早期から徐々に血圧低下、利尿も減少したが、イノバンなどの救命処置が開始され、何とか回復して一命を取り留めた。
 
データ経過:
手術前  血清Na 121meq/L  K 4.1meq/L Cl 89meq/L
術後   血清Na 121meq/L  K 4.5meq/L Cl 87meq/L
翌日    血清Na 132meq/L  K 7.5meq/L Cl 89meq/L
 
問題点
何が起こったのか?
バリウム注腸の整復に使われた希釈のための水として、最初は生理食塩水を使用していたが、途中からあまりかわらないであろうと判断して近くにあった蒸留水で希釈した。この蒸留水が穿孔によって腹腔内に流入したことから腸管のみならず、腹膜を介してこの水が吸収されたために水中毒(低ナトリウム、低クロール血症)に陥った。この結果、血管内溶血が引き起こされて高カリウム血症を来したと考えられる。実際に腸重積の整復において穿孔が起こる頻度は低い(1〜3%以下とされている)が、穿孔が起きたときの危険性を考えて生理食塩水を使用して希釈すべきである。バリウムの希釈に蒸留水を用いる危険性の認識が欠如していた。
蒸留水でバリウムを希釈する危険性はあまり成書には記載されていないため、バリウムを使用している病院では「希釈に蒸留水を用いないよう」に注意を要する。
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この症例は幸いにして回復しましたが、予想外の展開で緊急手術に子供を託した親の気持ちを思えば、事実を知ったら納得はしないでしょう。万一にも回復できなかったとしたら黙っていることはできないでしょう。
腸重積穿孔による緊急手術の必要性は理解できますが、その後の電解質異常は決められた手技に伴う想定範囲の合併症とは言えません。親は必ずその原因と理由を質問します。
多量の蒸留水が血液に流入すると水中毒症状が起こることは医学的な常識であり、その危険性を全く考慮していなかったことは重大な過失です。気の緩みによるうっかりミスであろうとも許されることではありません。
 
こうしたミスがあった場合、医師は患者の家族に事実を説明しなければなりません。隠して誤魔化そうとしてもミスはいずれ露呈します。大きなトラブルのもとです。
医師は、腸穿孔による重症腹膜炎が状態悪化の原因であると説明するかもしれません。しかし、血液データの異常値は腹膜炎だけでは説明がつきません。逆に不信感をもたれるだけです。
 
もしあなたの子供や孫が上記のようなミスを受け、しかもミスを隠蔽されたら、あなたはどのような気持ちになるでしょう。普通の人はミスが起こった理由を知りたいと考え、担当医師を厳しく追求するでしょう。今は医療ミス被害を被ったら泣き寝入りする時代ではなくなっています。
動物の飼い主の心理も全く同じです。ミスを起こして隠そうとする獣医師に対して飼い主が許せないと感じるのは当然の心理です。
 
命の重さと治療責任を考えると、決して同じ過ちを犯してはなりません。医療者全員が他人の間違いを教訓として臨床に生かし、治療精度を向上させる目的意識を持つ必要があります。
 
獣医師は以上の点を肝に銘じて診療にあたってください。
 
 
 

16    O診療連携と情報交換の重要性     
 
 
獣医療の質を向上させ地域の獣医療体制を充実させるためには、獣医師個人あるいは個々の動物病院の仕事量や能力だけでは限界があります。
各獣医師の力を集結し連携することによって、はじめて良質な獣医療を提供することができます。
飼い主と一生つきあっていくための幅広く層の厚い地域密着型医療が望まれます。
充実した獣医療の広がりは、獣医師と飼い主(動物)に対して大きな恩恵をもたらします。
 
 
しかし残念ながら、現在の獣医療では診療連携が必ずしも普及しているとは言い難く、目先の儲けしか考えない利己主義的な動物病院も存在しています。
他の動物病院を商売敵と考えて排除し、来院する飼い主を無理にでも囲い込もうとする経営方法は、短期的には相応の経済的利益をもたらすかもしれません。
「治療上の必要があっても、または飼い主の希望があっても、他病院へは紹介しない、転院させない」
「他の病院を誹謗中傷して受診を抑制させる」
「紹介を受けたあと紹介元へ戻さない」
しかし、長期的には獣医師間の情報交換は途絶え、医療の質は確実に低下し、飼い主の信用を失います。
このような自分勝手な営業で問題となるのは、受診動物が低レベル医療の被害を受けることにとどまらず、地域(全国といっても同様)の獣医療と動物病院の正しい発展を阻害することです。
 
飼い主は、どの病院も標準的な医療水準を満たしていると期待しながら受診しています。
また、必要に応じて最も適切な病院へそれぞれ紹介する体制も望んでいます。
 
現在病院が求められていることは、単に優秀な治療能力を持っているだけではなく、複数の病院と連携して幅広い地域ネットワークを構築していることも重要です。
 
【治療で分からない点は他の獣医師に教えを乞い、逆に質問されたら知っていることを積極的に教える】
【治療のために必要であれば互いに患者を紹介し、積極的に情報交換を行う】
 
地域医療の発展を真剣に考えた場合、獣医師同士の相互信頼に基づく診療連携は必須です。
獣医大学や地域の機関病院が中心となり、積極的に研究会を開催して情報交換をすすめていく必要があります。
あるいは核となる大病院がない場合は、獣医師有志が率先して学習の機会を設けて互いに切磋琢磨して必要があります。
 
好ましいことに、こうした取り組みは全国で徐々に広がりつつあり、今後の発展が期待されます。
 
 

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To Err is Human: Building A Safer Health System - Institute of Medicine


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