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動物医療について疑問に思うこと。
動物病院を受診する際、どうしたらよいか悩むことや、納得できないこと、私なりに思うこと、などを記載しました。さまざまな考え方があると思いますので、ぜひ皆さまのご意見をお聞かせ下さい。
 1      救急時の対応は慎重に丁寧に
臨床医心得
 
24時対応病院や夜間救急病院は飼い主にとって頼りになる存在です。
しかし、受診時の獣医師の対応が悪く、飼い主が不快に感じることも多々あります。
救急時は飼い主も動物も不安と苦痛が強い状態であるため、担当獣医師は丁寧に対応する必要があります。
 
@ たとえ軽症であっても、「こんなことくらいで何で急患に来るんだ!?」と批判めいた言葉は厳禁!
 軽症患者にいつもつらく接すると手遅れの患者を増やすことになる。
 飼い主は軽症か重症かを自分では判断できないので、その判断を仰ぐ目的で獣医のもとを訪れるのです。幸にして動物が軽症で済んだ場合にはその旨を伝えるだけで十分事が足りる。
 
A 疲労で眠く空腹であっても、飼い主に八つ当たりしてはならない!
 救急を引き受けている以上、どんなにつらくとも平常心を保つことができてこそプロの仕事。大きなトラブルや医療ミスは心が乱れているときに起こる。
 
B 他の病院で行われた治療について、その時に飼い主の前で非難してはならない!
 「頼りがいのある獣医師」とは思われません。むしろ「嫌みな獣医師」と思われたり、動物の病気についてさらに不安をいだかせるだけ。
 前医の治療が明らかに誤りの場合、臨床経過を説明して今後の治療の方向性を示しながら飼い主に判断の材料を提供すると理解を得られやすい。
 
C 複数の獣医師がいる病院では、担当獣医師の対応が病院全体の評価につながる!
 病院を代表しているという心構えを忘れてはならない。実診療だけではなく、電話の対応も然り。
  
D 夜間は日中と違って治療と対応に制限もかかる。慎重な判断と行動が必要!
 
責任を持てる範囲で最大限の治療を考えよ。無理に治療して症状を悪化させ、問題を大きくすることは避ける。
 ただし、救急体制は手薄だからといって手抜きの治療は絶対に認められない。治せる疾患でありながら夜間救急だから治せなくてもいいわけではない。日中診療へしっかりと引き継ぐこと!
 
E 担当獣医師(特に若い獣医師)だけで判断できないときは、院内の他の獣医師に相談すべし!
 他の獣医師をコールして、「これくらいで夜中に呼ぶな!」と怒られても、それは感情的な問題。すぐに解決する。
 しかしいったん大きな医療トラブルが起こってしまうと病院全体として対応せざるを得ない。
「そんな病状なのにどうして呼ばなかったんだ?」と怒られるのとでは、怒られる意味が違う。
 
緊急時に即時対応できるように、普段から院内の意思疎通を図りチームワークを整えておこう。
 
 
 
 2      医療の原点
 
治療には医学倫理(medical ethics)が必要不可欠です。
 
はるか古代よりその重要性が謳われています。
どのような環境にあっても、医療者は常に倫理に根ざした精神を忘れないでいたいものです。
 
倫理に関する代表的な言葉を以下に示します。
 
@ ヒポクラテスの誓い  紀元前460年 )
 
・ 医業にたづさわることを許されたからには、全生涯を人道のために捧げる。
・ 恩師に対しては尊敬と感謝を捧げる。
・ 良心と威厳とを以て医を実践する。
・ 患者の健康と生命とが第一の関心事である。
・ 患者のうちあけるすべての秘密を厳守する。
・ 医業の名誉と尊い伝統とを保持する。
・ 同僚を兄弟と見ならす。
・ 人種,宗教,国籍,政党政派および社会的地位のいかんによって、患者を差別待遇しない。
・ 人間の生命を,その受胎の初めから至上のものとして尊重する。
・ いかなる強圧にあうとも,人道に反した目的のためにわが知識と技術を悪用しない。
 
以上は自由意志により,また名誉にかけて誓うものである。
 
Aジュネーブ宣言 (1994年)
日本医師会訳(http://www.med.or.jp/wma/geneva.html)
 
医師の一人として参加するに際し、
 
・私は、人類への奉仕に自分の人生を捧げることを厳粛に警う。
・私は、私の教師に、当然受けるべきである尊敬と感謝の念を捧げる。
・私は、良心と尊厳をもって私の専門職を実践する。
・私の患者の健康を私の第一の関心事とする。
・私は、私への信頼のゆえに知り得た患者の秘密を、たとえその死後においても尊重する。
・私は、全力を尽くして医師専門職の名誉と高貴なる伝統を保持する。
・私の同僚は、私の兄弟姉妹である。
・私は、私の医師としての職責と患者との間に、年齢、疾病や障害、信条、民族的起源、ジェンダー、国籍、所属政治団体、人種、性的オリエンテーション、或は、社会的地位といった事がらの配慮が介在することを容認しない。
・私は、たとえいかなる脅迫があろうと、生命の始まりから人命を最大限に尊重し続ける。また、人間性の法理に反して医学の知識を用いることはしない。
・私は、自由に名誉にかけてこれらのことを厳粛に誓う。
 
 

ジュネーブ宣言 日本医師会訳

 3      動物病院開業時の臨床能力は十分でしょうか?
日本獣医師会誌
 
獣医師は各種動物の多彩な病気を幅広く治療する能力が求められます。
飼い主は、獣医師は専門分野を除く一般診療がある程度可能だと思いながら受診します。
 
ところが、現在の学生実習体制は不十分であり、在学中に満足できる臨床能力を獲得することは困難な状況です。
この実態は獣医師会誌にも詳しく書かれています。
(わが国の獣医学教育のあり方,理念について(報告)  http://nichiju.lin.go.jp/mag/05610/06_3a.htm)(リンクは右上の足まめから)
 
結局、責任ある実臨床を学ぶのは卒業後からということになります。(当HP内、生涯研修の重要性、参照)
 
さて、現在の新卒獣医師数は毎年1,000人、うち400人は小動物臨床に従事します。
いずれ独立開業するのでしょうが、実地能力をどの程度習得しているかが重要な点です。
研修期間1年で開業する獣医師と、大病院で10年間勤務した獣医師とでは習得に大きな差があります。
開業条件に修得度は無関係であり、開業=一定の医療知識習得済み、とはいえない現状です。
飼い主はこの現実を理解しておかなければなりません。
 
卒後の研修状況によって習得内容は異なるでしょうが、獣医師が自分の力量をわきまえ、技術向上に努めることが何よりも重要です。
治療に責任を持てると自覚すること、が、大変重要な職業意識だと考えます。
 
 4      獣医師の謝罪方法について
医療ミスで動物が亡くなった場合、獣医師は飼い主に対してどのように対応するでしょうか?
(無視、否定、開き直りなどは論外です)
 
謝罪の表現法はいくつかあります。
 
精神的手段
・口頭や文書で謝罪する  ・経過説明書を書く ・花束を送る ・墓参する ・土下座する など。
 
金額的手段 
・火葬の手配を無料でおこなう ・料金を減額する ・慰謝料を払う  など。
 
以上のどれを選択するかは獣医師の考え方やミスの状況でそれぞれ異なるでしょう。
 しかしながら、謝意を示したからといってすべてが円満解決されるとは限りません。加害者はこのことを肝に銘じるべきです。
 
 飼い主は、謝罪行為の根底にある獣医師の真意を読みとっています。
本心から反省しているのかどうか、ミスの原因を理解しているのかどうか、真剣に予防策を講じる意志があるのかどうか、などです。
 
 そもそも、獣医師のミスに対して飼い主が無理矢理にでも納得する道理はありません。謝罪方法に納得するかどうかは、被害者が判断することです。
 納得できなければ飼い主は納得する方法を選びます。それには訴訟を含む交渉や行政指導なども含まれます。
ほどほどの謝罪をすれば飼い主は納得する、という手法は必ずしも通用しません。
 
次のような獣医師の意見があります。
「平身低頭に謝り、料金を無料にし、たまには見舞金を出せば、普通の心ある飼い主なら、先生がそこまでおっしゃるならと引いてくれる。人間引きどころ、落としどころがある。」と。
 
落としどころを計算した謝罪効果を狙うのではなく、ミスの本質をしっかりと理解し、絶対に同じ過ちを繰り返さない覚悟を持って謝罪して欲しいと願います。
 
謝罪は打算で行動する性質のものではありません。以下の考え方は、飼い主の強烈な反発を食らいます。
 
「ミスがばれてしまってはやむを得ない。口コミで悪い噂が広がっても困る。ここはひとつ潔く土下座でもして穏便に済ませておこう。頭を下げていくらか包んで済むのなら楽なものだ。いくらでも頭を下げよう。今はやりすごしておくのが得策。」
 5      獣医療を守るために獣医療界は積極的に行動しているのでしょうか?
 
ペットの社会的認知度が向上するに従って獣医療の重要性はますます増加しています。それに比べ獣医師の社会的立場や法的整備が遅れている感があります。
 
 ペットを守るために、飼い主は動物の権利を保証する動物愛護法の推進や、獣医師の義務と責任の明確化、等を求めて関連団体や関係省庁に働きかけをします。しかし、医療の質向上や医療を提供する場の確保は獣医師が率先して推進すべき事項です。
 獣医師と獣医師集団は確かに専門家であり、大きな社会的勢力に成り得る可能性を保有しています。
 しかし国家資格にあぐらをかいているだけでは何も改善されません。獣医師団体が省庁に対して権限拡大や法整備を要請する時には、団結した強い行動力と明確な指針を示す必要があります。同時に、獣医師界内部で自主的規律と責任遂行の徹底、不正防止、および医療ミス発生防止などの自浄能力が必要です。
 現実はほど遠いように思えます。
 獣医師または団体は利害関係で対立し、不正悪質医療を黙認し放置しています。あからさまに獣医師会を非難する開業獣医師も多く見られます。悪質な獣医師がいても所属獣医師会は批判も指導も教育もしません。
 動物治療の大義名分を全うする実績と努力がない限り、獣医師が権利を要求しても関連省庁に認可されることは困難と思われます。何よりも、最も関係の深い一般飼い主の理解を得られなければ、獣医療普及の基礎を築くことは不可能です。
「隣の動物病院は確かに悪質だが、自分はそうではないのでそれで良い。」 その考えが獣医師間の共通認識であるとすれば、全体の質向上に結びつきません。
医療者が個人の責任を全うするとの考えには、全体の向上に貢献する意味も含まれています。
 獣医療の諸問題を改善するための方策は確立されていません。治療者と飼い主それぞれが、試行錯誤を繰り返して解決策を追求することになります。
 飼い主は獣医師に対してさまざまに要望します。それに対して獣医師は、飼い主に要求されて問題点を初めて認識し、それからようやく対策を考え始めるという対応が多く見られます。
 外圧頼みの消極的改善はもはや時代遅れです。獣医療界が率先して改善可能な能力と力を発揮していくべきです。獣医学が確立するためには内部からの改革は重要です。
 6      検査の意味と病気の予見には根拠に基づく考え方を。
検査は、実施する理由と結果の正しい判断があってこそ意味を持ちます。
 
病気を診断したり手術を決定したりする時、獣医師は必要な検査(血液検査、レントゲン写真、超音波検査等)をします。
その結果から異常を読みとり、あるいは予測される危険性を推測し、より安全な処置を考慮します。検査の意義を深く考えずに漫然と実施すると、せっかくの情報が無駄になりかねません。
「検査をして異常だったのに合併症を予測した対策をとらなかった」のでは意味がありません。
獣医療は多分に経験を要する職業ですが、科学的判断も同時に必要です。検査の結果を飼い主に提示しながら説明すると相互理解にも役立ちます。
 
あくまでも参考ですが、日本医師会、医師の職業倫理指針に関連した記事がありましたので抜粋します。(リンク参照下さい)
17P
(14)科学的根拠のない医療
医師は医療従事者であるとともに、経験と実証の双方を見据えた科学者でなければならない。しかし、医療の進歩は未知の領域に挑戦するなかで得られるものでもあり、先端的・実験的医療と詐欺的ないわゆる「えせ医療」との区別は往々にして難しい。また、臨床の実地では、現在の科学の枠組みでは必ずしも説明ができないような伝統医学や代替医療などの医療の意義も否定しえない。しかし、原則として医師は科学的根拠をもった医療を提供すべきであり、科学的根拠に乏しい医療を行うことには慎重でなければならないし、たとえ行う場合でも証拠が不十分であることを患者に十分に説明し、同意を得たうえで実施すべきである。いやしくも、それが営利を目的とするものであってはならない。』
◆日本医師会:医の倫理綱領注釈(前文)2000年4月
 
 
 7      飼い主が病気について学べる範囲
飼い主と獣医師とでは学ぶことのできる範囲と内容は同じでしょうか?
 
ペットの健康を守るために飼い主も病気について積極的に学ぶ必要があります。
書物やインターネット、意見交流、経験など学ぶ材料は豊富にあります。その中で飼い主が確実に学ぶことのできる内容は、病気予防(健康診断やワクチン摂取など)や成長などの日常の健康管理です。また、病気の時の看護一般があります。投薬、給餌、様子観察、獣医への報告などは飼い主が勉強して実践すべき内容です。
しかし、病気の詳細や病状の経過判断を学ぶことは現実的には容易ではありません。
飼い主の医学知識が乏しいとしても、必ずしも不勉強、不真面目であるとはいえません。
一方、獣医師は、専門知識を学び、正しい診断と適切な治療を行う責任を担います。
 
飼い主はペットの体調が悪化した時、病気かどうか、受診するか様子を見るか、他に相談すべきかどうか、いろいろと悩みます。
 
「どうしてもっと早く連れてこなかったの?」「これだったら連れてくる必要なかった。」「こんな病気も知らないの?知っていて当然でしょう。」
 
こう言われたら飼い主は悲しみます。
 
飼い主はどんなに勉強しても医学的には獣医師には及びません。獣医師はその不足を補い、飼い主と獣医師それぞれがなすべき責任を全うすることが治療成功への道だと考えます。
 
 8      小動物に携わる獣医師の教育は十分か?
獣医師のレベルやモラルを考える時、卒前卒後教育は重要な要因です。充実した教育内容なのでしょうか?
 
犬猫などの小動物に関する社会的関心は年々高くなり、獣医師への要求も強まります。小動物治療を希望する獣医師は急速に増加し、一般病院の獣医師数は約1万人(獣医師総数3万人)に達しています。
 しかし、獣医師会も認めるように、現在の教育体制は急激な社会変化に十分対応できていません。
 
1.教育スタッフの不足
獣医学科がある国立大学は10校で学生総数325名、教員総数290名です.公私立大学は6校で学生総数600名、教員総数300名です.国立の学生定員は平均33名と小さく、教員は平均29名、教授は平均11名です.
「獣医学教育に関する基準」では教員数72名以上と定められています。つまり、国立では必要教員数のわずか1/3、公私立では1/2に過ぎません。
 さらに、獣医師国家試験出題科目が18科目であるのに比べ,講座数がわずか9〜10の国立大学があり、必須科目の1/2の専門家しかいません。専任教官不在の科目は学内外の非常勤講師による集中講義で補っています。 
 
2.実習内容の不足
大学6年制の内容は講義が2/3、実習が1/3であり、欧米と逆の割合です。しかも実習の大半は牛馬などの大型動物に充てられています。小動物専門の実習は質、量とも絶対的に不足しており、卒業時点では、実際の臨床で小動物を治療できるレベルに達していません。
 日本獣医師会が学生と卒業生に実施した「6年制獣医師に関するアンケート調査」報告書によれば,最も重要な臨床教育と公衆衛生教育については学生の80%が不十分であると回答しています.また、新卒獣医を受け入れる研修先の獣医師の大半は、新人獣医の臨床能力と社会適応性はかなり未熟であると指摘しています。
 教育体制を改善しないと、実践力が足りない学生を卒業させ続けることになります。
 
3.倫理教育の不足
獣医師は高い道徳心と倫理性をもって社会に貢献する職業です。学生時代にその意識の基礎を会得するべきですが、倫理に関する講義は1または2年生の一般教養講座の中の数時間だけです。
 卒後は数カ所の病院で研修を受けますが、病院間で倫理観に違いがあります。また卒後臨床に携わらない場合もあり、そうなると社会常識と乖離する危険性があります。
何事も若いときに正しく覚えないとその後に覚えるのは困難です。
 
4.教育に対する外部評価の不足
 獣医界は社会の要請に応え得る獣医師を絶えず社会に送り出す必要があり,大学はそれに見合う獣医師を育成する義務があります。
その対応には大学内部だけの判断ではなく,外部の助言と評価を受ける必要があります。欧米諸国の多くは、獣医師会を中心とした評価組織を設立し、獣医学教育の水準維持に効果を上げています。
日本ではそのようなシステムは確立されていません。大学教育の自由度は尊重しつつも、規範となる獣医師像を目標とする外部評価制度が必要です。
 
人を創ることは獣医療界の将来を創ることに他なりません。本腰を入れて取り組んで欲しいものです。
 
以上の問題点は獣医師会雑誌にも詳細に述べられています。
(リンク、日本獣医師会誌参照)
獣医師会では状況を把握していると書いてありますが、改善しなければ意味がありません。
 9      ペット医療裁判について
動物医療訴訟の件数はほんのわずかです。なぜでしょうか?
 
現状と問題。
最近、巷ではペット訴訟の話題が増えています。このことは、飼い主の意識の向上とペットの社会的地位向上の反映と考えられます。泣き寝入りしない姿勢を示す意味で喜ばしいことです。しかし、実際に勝訴した判例が少ないのも実情です。
 
以下の問題があります。
1.勝訴する可能性がかなり低い。
 人間の医療裁判の勝訴率は3〜4割程度で、動物ではさらに低下します。獣医の治療行為を公正に判断できる医療専門家や弁護士は極めて少ないのが実情です。
 その状況下では、経験豊富な獣医の顧問弁護士が優位になりがちです。
 
2.原告の訴訟を引き受ける弁護士のメリットが少ない。
 弁護士にとって医療訴訟は手間と経費がかかる割に報酬が少ない分野です。勝訴率が低いことも加わって原告の弁護に消極的です。
 他方、被告の弁護士は顧問料が入りますので、訴訟の着手料が低額でも請け負えます。
 
3.原告の経済的負担が大きい。
 裁判に要する原告の経済的負担は大きく、もし勝訴しても賠償額は極めて少額です。そのために提訴を断念する飼い主もいます。
 
4.動物医療関連の法的環境が整っていない。
 動物の法的立場はいまだに「物」です。実際の獣医の治療相手は「生命」が対象です。この矛盾は未解決のまま、司法は「物」として裁判します。そのため、獣医の過失が認められても責任は罰金刑だけです。動物の生命を十分尊重した判決が主流とは言えません。
 また、残念ながら動物医療過誤に対する社会的関心がまだ低く、世論が熟していません。
 
5.病理証拠の確保が困難。
 裁判では証拠が重要です。しかし、悲しみの中で病理解剖を考慮することは心情的に困難です。さらに、死因追求のための解剖専門機関の情報は乏しく、飼い主は大学や病理会社などあちこち探さなければいけません。もし探し当てたとしても受け付けてもらえるかどうか分かりません。時間的制約もあります。
 
獣医師の過失で動物の命が失われたとき、法が公正な裁きをしなければ被害者は救済されません。
動物の命を法の観点からも保護して欲しいものです。
 
 
 10      獣医療におけるサービスの意味
サービスは、慈愛の精神と適切な判断が基本です。
 
医療もサービス業に分類されますが、小売業とはやや趣旨が異なります。料金を安くすることやフードを無償提供することなどは本質ではありません。
患者の健康と飼い主の便宜のために最大限努力することです。
そういうと、まれに異議を唱える獣医師がいます。
「疲れて大変な仕事なのに24時間働けということか。できない要求でも断ってはだめなのか!」と。
いいえ違います。飼い主は、獣医が不可能なことを要求しません。(技術、体制、時間、どれでも)
 実際問題、病気で苦しむ急患や重症例がいても獣医が診察治療できない状況であれば、「当院では診察できません。」と言われます。それはしかたありません。
 重要なのは、その時点で治療のために何が可能かを考え、飼い主にそれを伝えるかどうかです。次善策が何かあるか? 飼い主でも対応できる処置があるか?紹介先があるか?翌日まで待てるものなのか?
 今診ることができないからあとは関知しない、そんなことは自分の家族に言いません。
 
 医療者は時によって24時間以上働く必要があります。それは職業上の宿命とも言えますが、仕事の予定は自分で管理するしかありません。受診者が獣医を働かせているような言い方は、本末転倒です。
 処置料や薬剤費を安く抑えるのは営業努力で良いのですが、医療の質の低下にならない範囲にとどめてください。
 獣医師が費用に見合う医療を提供する限り、飼い主はその費用を当然支払います。
 
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