麻酔は外科治療上不可欠で、安全かつ確実でなければなりません。麻酔薬と麻酔法は数多くあり、各治療者は指導を受けながら経験を積み、自分なりに慣れた麻酔を実践します。一方、麻酔学も日進月歩であり、より優れた薬剤やモニター機器が開発されています。各薬剤の効能や副作用を十分把握して実践する必要があります。現在の医療水準に満たない誤った麻酔による事故はあってはならないことです。しかし愛犬は麻酔で亡くなりました。愛犬にかけられた麻酔は適切であったのでしょうか?麻酔方法や術中管理は妥当だったのでしょうか?醒めない麻酔は正しい麻酔とはいえません。問題点を検証する必要があります。麻酔ミスの原因を理解しないまま同様のミスを繰り返してはなりません。初稿2005/05/31 麻酔ノウハウ改訂2006/02/22
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【麻酔の実際】
対象:犬
●おとなしい犬の場合
静脈カテーテルを留置後、
ミダゾラム+スタドール (iv)(混合せずに、連続的に投与←速すぎず遅すぎず)
続いてプロポフォール+チアミラール iv効果発現までボーラス投与
モニターの装着
気管チュウブの挿管+ブレイスエイドの装着
(投稿者補足:人工鼻で、気管チューブに装着することで気道を乾燥させないという利点がある。また麻酔器にも水滴が、入り込みにくくなる)
イソフルレン麻酔にて維持 (呼吸停止に注意、停止時→人工換気)
術中に痛みがあるようならば、スタドールもしくはミダゾラムの追加
(局所麻酔剤も考慮→マーカイン)
血圧低下時→ドブタミンの投与を開始
心拍数が60回/分以下で血圧が70mmHg以下に低下し、ドブタミンの投与への反応が鈍い時のみ→グリコピロレートの投与。
グリコピロレート(ロビナール)(抗コリン剤)
心室性期外収縮など、不整脈がある場合→酸素濃度のチェックを怠らない→sPO2
換気不全なら→人工換気、もしくはポップアップを開ける→CO2のチェックを怠らない
それでも、期外収縮があるなら→2%リドカインの投与0.1mg/s→心拍数、血圧に留意
●咬みついてきて抑制できない犬の場合
ミダゾラム+ケタミン im もしくは アセプロマジン+ケタミン im
静脈カテーテルを留置して、気管チュウブの挿管→挿管がまだ無理なら、プロポフォールをivにて挿管
イソフルレン麻酔にて維持(上記のように維持)
若い犬で興奮している犬の場合は、ミダゾラムの量を多くするか、アセプロマジンを使用→過剰興奮を避けるため、おとなしい犬の場合も同様
● 薬剤用量
改定用量を参照
(2006年2月改定、上段の麻酔薬概要に記載)
イソフルレン
1.5%〜2.5% →1.5%で維持できるよう鎮痛する
酸素 100ml/s/分 低流量麻酔時30ml/s/分→CO2が安定しているなら、7ml/s/分→CO2のチェックを怠らない。
人工呼吸器→換気回数6〜15回程度 なるべく10mmHg以下で肺のふくらみをみながら20mmHgまで。
点滴 10〜20ml/s/hr ソリューゲン(酢酸リンゲル)自動点滴にて投与。
希釈ドブタミン 0.75ml〜1.5ml/s/hr (5%ブドウ糖液500ml+ドブタミン100r1管)
遮光して保存→黒く変性しても効果はあるが遮光する。
心拍数は、60〜120/分に維持(速すぎず、遅すぎず→正常な時の心拍数になるべくあわせる→術前に心拍数を興奮させない状態でチェックしておく)
追記(投稿者)
キシラジンについての別記載を載せておきます。この方法では、避妊などは当院ではしていません。
ちょっとした外来で深い鎮静が必要な検査の場合のみ使用しています。
またヨヒンビンは、当院では使用していませんアンチセダンで拮抗しています。
これはタフツ大学のやり方です。 (管理人注釈:アメリカ、マサチューセッツ州のタフツ大学獣医学校)
キシラジン+スタドールの鎮静(詳細)
キシラジン(セラクタール)(α-2アドレナリン作動性鎮静剤)
徐脈、房室ブロックなどがおきる→心臓疾患、高齢の動物では避ける。
12週齢以下の仔犬、仔猫では使用しない。
グルコースレベルを上げる→糖尿病では使用しない
スタドールとの組み合わせで、良い鎮静が得られる
グリコピロレート 0.05ml/s C
スタドール 0.2ml/s C 続いてキシラジン 0.025ml/s
2〜3分で効果発現
徐脈や低血圧に注意←モニターをチェック
15〜20分 鎮静が持続し口腔内などの検査も容易。
30分程度で覚醒してくる。
ヨヒンビン 0.1r/sで拮抗できる←下痢、毛が逆立つ、ふたたび眠ってしまうことがあるので30分は観察して完全に覚醒してから帰すこと。
拮抗させずに覚醒させたほうが、穏やかに覚醒し良好。
( 低用量でまたオピオイドと併用すれば確実で強力な不動化が得られる)
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麻酔、薬剤に関する管理人補足
(1)交感神経作動薬(カテコラミンと称されます)
交感神経はαとβに分類されます。
・α作動薬−主に血管を収縮させ、血圧を上げます。
・β作動薬−主に心筋の収縮を強めます。心不全時に使用します。
それぞれの代表的薬剤を示します。
α作動薬 −ノルアドレナリン (ノルエピネフリン)
α、β作動薬 −ドパミン
β作動薬 −ドブタミン
なお拮抗とは、逆の作用をすることです。拮抗薬を投与することによって作用薬の効果を減弱または消失させることができます。
例えば、α作動薬に対してα遮断剤を使用すると拮抗作用を起こします。
(2)麻酔の目的と、麻酔剤の低用量化の意味
麻酔は患者(動物)を麻酔剤で眠らせ、体が動かない状態(不動化)にすることです。
麻酔を深くすれば不動化には好都合です。
しかし、麻酔剤は用量が多いほど血圧低下と心肺機能低下の危険性も増加します。逆に、合併症を恐れて用量を単純に減らすと不動化や鎮痛が不十分になる可能性があります。
そのため、十分な不動化と鎮痛を図りながら、なおかつ全身麻酔剤を低減させることは、安全な麻酔のための重要なポイントとなります。
(3)術中覚醒。鎮静、鎮痛の重要性
患者は、一見十分に眠っているように見えても、痛みを感じていたり手術中のできごとを覚えていてあとで回想できることがあります。これを術中覚醒と言います。麻酔が浅く痛みが強い時に起こりやすいとされます。
人では以下の報告があります。
「術中覚醒の発生頻度は、回想可能な患者を対象とすると、250〜500例に一件とされる。多量の筋弛緩薬と少量のガス麻酔を使う麻酔では、この文献の報告よりも多くの術中覚醒が発生する。全身麻酔による帝王切開では、約1%の女性に術中覚醒が発生し、 心臓手術では1%以上であるとの報告がある。重症多発外傷では、さらに数倍発生率が高くなる可能性がある。」
動物の術中覚醒を証明することは困難ですが、同様に発生していると考えられます。術中覚醒を経験した人は、不安や恐怖などの精神障害を受けます(外傷後ストレス症候群(PTSD)に類似しています)。特に動物は苦痛を言葉で表現できないので、肉体的だけではなく精神的にもストレスを与えない麻酔を心掛ける必要があります。術中覚醒があることは、手術中の不快感や恐怖などが記憶に残ることになり大変怖い状況です。
一般的に、不動化や血圧、脈拍などのバイタルサインだけで麻酔量を決めようとすると、全身麻酔が深くなる傾向があります。
そこで、全身麻酔剤を低減し、なおかつ、確実に鎮痛する目的で、鎮静剤や鎮痛剤の併用、あるいは、局所麻酔剤やブロック(区域)麻酔の併用が効果的です。
なお上記(3)術中覚醒と患者の体験談については以下論文記事をご参照下さい。
(リンク内 麻酔科医 森 隆比古の頁)
ESIA日本語版(EDUCATIONAL SYNOPSES IN ANESTHESIOLOGY and CRITICAL CARE MEDICINE)
The Online Journal of Anesthesiology Vol 3 No 6 June 1996(日本語版 Vol.2 No.6)(http://www.ne.jp/asahi/mori/takahiko/ESIA/ESjp9606.txt) 右あひるアイコンからもリンクします。
(4)鎮静剤、鎮痛剤
麻酔前に鎮静剤(睡眠剤)を併用することで麻酔をスムースに導入でき、かつ術中術後の麻酔使用量を低減できます。
鎮静剤(睡眠剤)、鎮痛剤は以下(代表的薬剤の一部)があります。詳細は本文参照。
・非麻薬性オピオイド−ブトルファノール
・麻薬性オピオイド− モルヒネ
・α2作動性鎮静剤−キシラジン、メデトミジン
・ベンゾジアゼピン系催眠鎮静剤−ミダゾラム、ジアゼパム
・フェノチアジン系鎮静剤−アセプロマジン
・解離性麻酔剤−ケタミン
・非ステロイド性消炎鎮痛剤(NSAIDs;non steroidal antiinflamatory drugs)−メロキシカム、ケトプロフェンなど
(5)局所麻酔、伝達麻酔、硬膜外麻酔
(A)局所麻酔
比較的狭い手術部位や皮膚表面への局所麻酔剤注射は、局所の鎮痛に有効です。
ただし麻酔剤は血中にも入るので、中毒量にならないように注意が必要です。
(B)神経伝達麻酔(神経ブロック)
神経の中枢側に局所麻酔剤を注射すると、その神経が分布している領域全体が麻酔されます。局所麻酔よりも少量の麻酔剤で効果を発揮します。
四肢(足、指)の知覚神経や神経節などで多用されます。
(C)硬膜外麻酔 (区域麻酔)
脊髄には末梢からの知覚神経が集まってきます(その神経の束を脊髄後根といいます)。脊髄を包む膜(硬膜)の外側に局所麻酔剤またはオピオイド(麻薬および麻薬類似物質)を投与して知覚神経(後根)を麻酔する方法が硬膜外麻酔です。
手術部位の知覚を感じる脊髄部位の硬膜外麻酔によって、手術の痛み刺激が脳に到達されず痛みを感じません。
また硬膜外麻酔剤は血液で薄められないため、他の投与法よりごく少量で鎮痛効果があらわれます。
鎮痛持続時間は麻薬性オピオイドでは18〜24時間にも及び、術後疼痛管理にも有用です。
なお硬膜外麻酔だけでは鎮痛が不十分の場合は、全身麻酔剤を適宜追加します。
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