獣医師が医療ミスを自ら飼い主に報告することはほとんどありません。ミスの事実を明らかにするために、飼い主自身がミスを指摘し、責任を追求する必要があります。
一般論として、飼い主と獣医師がしっかりと相談しながら治療すればミスは減ると言われます。
実際にも獣医師は善管注意義務の一環として三種類の説明義務を負っています。
・第一は治療行為のための説明義務
・第二は結果発生後の説明義務
・第三はインフォームドコンセント、です。
治療を進めるにあたり、必要な時点で状況を説明するのは当然な義務といえます。
しかし、獣医師が飼い主に十分な説明をしたとしても、ミスの責任から免れるわけではありません。治療行為のミスは獣医師が全責任を負うことは明らかです。
なぜなら、実際に病気を診断し治療方針を決定する際に、獣医師の判断が最も重要であり、飼い主は獣医師の判断を越える知識を持っていないからです。
また、獣医師の義務は、説明以外にも治療が正当であるかどうか、つまり診療当時の医療水準に照らして適切な措置を取ったかどうかが問われます。
さらに、治療結果に対する債務ではなく、可能な限り最善の治療行為に努める《手段債務》という考え方です。
医療事故は必ず起こるものです、と達観した意見があります。
(危険を伴う行為を認識した上で発生する事故)ならば許容できることはあります。
しかし、医療過誤、過失(誤った行為で起こるミス)は、許されません。
確かに事故は起こりますが、減らす努力は必要です。それを怠り同じミスを繰り返すことは犯罪です。
医療ミスは精神論で解決される問題ではありません。明確な責任所在が重要です。
獣医師が不都合を隠す現状だからこそ、被害者は声を大にして、ミスの内容を公表すべきです。
このことは、獣医師と敵対することとは違います。良い動物病院が評価され患者が増える。悪い病院はその逆になる。これが普通です。その基本的な情報が広まっていません。
獣医師のレベル向上をはかり、被害者を減らすためには、以下が大切です。
すべての飼い主がそういう態度で接すれば、獣医師は怠慢ではいられません。
被害者は、裁判、メディアによる情報提供、口コミ、獣医への抗議、など、どんな方法であっても、医療過失を追求し抗議する声を出すべきです。動物たちの苦痛を代弁するのは飼い主の責任です。
『具体的にはどんな方法があるでしょうか。』
1.事故後できるだけ早期に担当獣医師に直接面会し、話し合う。
飼い主は、獣医師の説明や謝罪、損害賠償など明確な要求を伝えるべきです。時間が経過すると飼い主の記憶が薄れ、追求する意思が萎える可能性があります。カルテ開示や治療明細書の提供なども早い段階で要求すべきです。
悪質な獣医師は、飼い主の要求がないことを自分勝手に解釈し、問題を過小評価したり、証拠隠滅を図ったりするおそれがあります。
2.必要な書類や情報は整理し準備しておく。
今後第三者に相談する可能性があるので、必要な書類はすべて整理しておくと便利です。
(死亡)診断書、診療費明細書(外来、入院)病院名と住所、担当医の氏名と連絡先、診療と通院に関する記録、各種メモ、メール記録、電話記録など。
3.他の人や機関に相談する、また仲介を依頼する。
動物医療問題支援の個人または団体は、地域の動物病院の情報を持っている可能性があります。市民団体の活動が積極的な地域もあります。
獣医師会は病院を擁護する立場ですが、所属獣医師会に問題の存在を知ってもらうことは重要です。
同様に、農林水産省(農水省生産局畜産部 消費・安全局衛生管理課 獣医事班獣医療係)などに被害の情報を連絡することも有意義です。
(〒100−8905 東京都千代田区霞ヶ関1-2-1 農水省生産局畜産部 消費・安全局衛生管理課 獣医事班小動物獣医療係。)
TEL: 03-3502-8111(内線3228) FAX:03−3502−3385
農林水産省消費・安全局畜水産安全管理課
TEL 03-3502-8111 FAX 03-3502-8275
(上記部署の概要は日本獣医師会雑誌に掲載されています。
農林水産省消費・安全局衛生管理課に設置された小動物獣医療班http://nichiju.lin.go.jp/mag/05712/06_5.htm)
法的対処を視野に入れながら、役所の法律相談室、司法書士、弁護士などに相談することができます。これによって専門的な意見が得られる可能性があります。
2004年4月1日から民事訴訟法、裁判所法が改正され、医療過誤処理が一層客観的に迅速に処理されるようになりました。
4.法的対応の準備をする。
提訴を検討する場合は、飼い主の訴えを理解する弁護士を探して依頼することになります。
地域の弁護士会で医療過誤を扱った経験のある弁護士を紹介してもらうなどもよいでしょう。
相談した弁護士が獣医師の過失有りと判断した場合、提訴前に示談交渉や証拠探しを進めていきます。
相手の過失の証拠を検討するために、カルテや写真などの証拠保全措置を講ずる必要があります。これには司法書士や弁護士による法的手続き(証拠保全)が必要です。裁判所が証拠保全を認めると、弁護士やカメラマンとともに予告なしに病院を訪れ、診療記録や写真を撮影またはコピーします。
また、検死や病理解剖も考慮すべきです。依頼先は獣医大学や専門病理機関ですが、原則として獣医師の依頼書が必要です。
このようにして収集した証拠を詳細に分析し、証拠の立証が可能と判断した場合に裁判を起こします。
なお、裁判ではなく、『調停申し立て』をすることもあります。
●民事調停について
裁判と異なり厳密さや強制力を持たない解決法として民事調停があります。
簡易裁判所で行われ、第三者の民事調停委員が申立人(飼い主)と相手(獣医師)の意見を調整して合意に至らせる手続きです。
調停委員は裁判官、弁護士、その他の有識者がなり、当事者間だけよりは双方の合意が得られやすい利点があります。ただし調停委員の意見は強制力を持ちません。
調停が成立すると[調停証書]という公文書に記載されます。調停証書は裁判判決同様強い効力を持ちます。金銭支払いの強制執行が可能です。
なお、調停内容は厳密な医学的根拠に基づく判断とは限りません。双方が早期解決を望む時には有効ですが、争点や認識が対立する場合は解決は困難となります。飼い主が獣医師の出方を見るために調停を利用することもあります。
調停が不成立の場合は、提訴し、裁判に移行することができます。調停資料は裁判の証拠にはなりませんが、判断の資料にはなり得ます。
5.裁判をおこす。(以下、訴訟の流れ参照)
私人間の紛争を司法(裁判所)に委ねます。証拠による事実確認によって法的解決を求めます。
裁判所の種類と対象は以下です。
● 医療訴訟(民事訴訟)の流れ
@ 提訴
原告が被告に損害賠償を請求する訴状を裁判所に提出することから裁判が始まります。
必要情報を収集し、訴状を作成して提訴します。
望ましい訴状内容は、
● 他の獣医師の意見や裏付け文献が添付されている
● 過失が医学的に説明出来る
● 争点が明確で、治療と過失の関係が認められる
● 原告の心情や意思が反映されている
これに加え、動物を大切に育て、十分な健康管理を図ってきたことを述べる陳述書の提出も有用です。陳述書は飼い主本人または知人友人が書いても大丈夫です。
なお、医療ミスの法的争点は、以下のいずれかの法律が適用されます。
1.民法709条の不法行為
2.民法415条の債務不履行
不法行為は、飼い主側が獣医師に過失があったことを立証する必要があります。時効は3年です。
債務不履行は、獣医師側に過失がなかったことを獣医師自ら立証する必要があります。時効は10年です。
飼い主にとっては債務不履行の方が容易なため、不法行為よりも債務不履行で訴える例が多いようです。
動物は法律上モノとして扱われるため、器物損壊罪(刑法261条)は故意でなく過失の場合は成立しません。従って、獣医師は医療過誤で刑事責任を負うという考え方はないようです。
被告は、病院全体か担当獣医師個人のいずれか、または両者が可能です。
裁判では多くが弁護士を代理人としますが、代理人をつけない本人訴訟も可能です。
A双方の主張と争点の整理
原告訴状に対して、被告は答弁書にて認めるか否認するかを主張します。
その後、双方の口頭弁論と書面(準備書面)提出を数回繰り返しながら争点と主張を確定していきます。
B証拠調べ
主張が明らかになってくると、その是非を決定するために証拠調べ手続きが行われます。
証拠は、カルテ、文献などの書類、関係者の証言、第三者専門家の意見(鑑定)などです。
裁判所は医学的専門機関でないため、医学的知識の裏付けとして、医学専門家の鑑定、と、原告・被告双方の協力獣医師の意見書を参考にします。
裁判所は以上から得られた証拠を基に双方の主張を判断します。
C判決
判決文によって結審します。原告請求を認めるときは[認容]、認めない場合は[棄却]です。法的責任(損害賠償請求)は金銭の支払いによって執行されます。[被告は原告に謝罪しなさい]とは強制できません。
判決に不服のある場合は2週間以内に上訴(控訴)が出来ます。上訴がない場合に判決は確定し、同じ案件では二度と提訴できません。
D和解
提訴の一部は和解で終了します。和解は一定の和解条項で双方が合意して解決することです。
和解調書は判決と同じ効力があります。内容は判決文よりも柔軟性が可能です。謝意を表現したり法的責任を不明のまま金銭授受で解決することができます。
和解は裁判所(裁判官)にとっても、判決文を書かなくてもよいのでメリットがあります。
ただし和解はあくまでも双方の合意が必要です。
判決と和解の価値は大きく異なります。
判決文があることは法的なミスが明確に認容または棄却されることで永久に書類に残ります。同様の裁判に与える影響もあります。
しかし、訴額(賠償金額)はかなり低額であり裁判費用などの負担は和解よりも持ち出しが大きくなります。
判決と和解のどちらが良いかは、原告の判断で決定しなければなりません。
医療ミス訴訟の判例では、賠償金額は数万円〜数百万円と幅があります。基準となるのは、動物の購入金額に合わせた物的損害額、飼い主の精神的苦痛に対する慰謝料、過誤と認定される医療費の総合判断で決定されています。
(リンク集ページ、裁判判例、東京弁護士会HP 参照)。
しかし、裁判費用や精神的苦痛の代償を考慮すると、まったく割に合わないのが実情です。
飼い主は始めから法的対応を望んでいるわけではありません。
獣医師はその気持ちを真摯に受け止めて対応すべきでしょう。
人医療では、医療事故に関する社会的関心が高まり、医師の責任が厳しく追及されるようになりました。
東京女子医大では心臓手術ミスを隠ぺいした医師は逮捕され、保険医指定を取り消されました。あるいは稚拙な内視鏡的前立腺手術で執刀医3人が逮捕されています。さらに、ミスを繰り返すリピーター医師の免許取り消しが可能となる法律が制定されました。
医療ミスは隠すのではなく早めに情報を公開し、ミスの再発防止に努めようとする意識は人医療界に定着し始めています。
その表れとして、国立がんセンターでは平成19年1月より”医療事故公表の規準”を作成し公開しています(リンク集各種記事その他参照)。こうした取り組みは全国に広がっていくと予想されます。
医療者である獣医師も同様に、医療ミスを開示し責任をより明確にとることによって、良識ある技術の確かな獣医師が増え、安心できる獣医療が普及されていくものと期待しています。