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治療に対する獣医師のあるべき姿とは?
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「病気が治って動物と飼い主の喜ぶ姿を見るのが何よりも嬉しいですね。」
この言葉はすべての獣医師が自然に口から出る素直な感情の表現だと思います。そしてこの精神が治療学の根幹であり、獣医師が獣医師たるゆえんではないでしょうか。
【動物の治療】を具現できる唯一の職業が獣医師であり、その基礎となる学問が獣医学です。
獣医師は獣医学を正しく学んで獣医療に反映させてくれる、飼い主はそのように期待をかけています。その期待に対してどのように応えることができるのか、現在、獣医師の能力が大きく問われています。
獣医学を臨床に生かして生命を助けるために、知識、技術、頭脳(判断力や応用力)そして社会性が重要です。獣医師は、大学を卒業後ほんの2,3年の臨床研修で開業できるような安易な職業ではありません。開業する時点では、一般的な飼い主が普通に安心して診療を依頼できる程度の臨床能力が必要です。獣医師の自己満足だけで開業して飼い主に不利益をもたらすならば反社会的行為となります。
獣医師が営業利益を求めるのは当然ですが、利益のために虚偽の医療を提供することは許されません。収入の多寡が獣医師の力量であるとの考えが一部あるとしても、正しい医療が行われてこそ成立する考え方です。
また、獣医学の発達は日進月歩です。過去の経験則に基づいた個人レベルの知識だけでは到底追いつきません。多忙にまかせて漫然とした診療を繰り返すうちに、いつしか時代に取り残され、根拠のない自負だけが心の支えになっている獣医師の治療は、もはや通用しません。
「最大限の治療をしている」と思いこんでいても、他の優秀な獣医師から見れば最低の治療かもしれません。
獣医師の研鑽と自己評価は、正しい医療を提供するために必要な社会的責任といえます。
多くの獣医師は、自身を「獣医療のプロ」と自負しています。
しかし現に起こっている多数の初歩的医療ミスを考えると、全員がプロ(専門家)の資格を有しているとは言えません。
専門家とよべる獣医師である要件は、専門分野の高度な医療ができることだけではありません。一般分野の医療でも基本に則った治療を実践し、初歩的ミスを犯さないことも重要です。
獣医療の基本は、飼い主と正しい関係を保ちながら動物を正しく治療することに尽きます。基本といっても特に規定されているわけではありませんが、医療現場でよく耳にすることがらがあります。
以下の例示は初歩的で常識的な内容であり、医療の基本的事項を表していると考えます。
1.治療の基礎は自然の回復力を有効に引き出すことです。
生命体は自然治癒力によって快復し、医療者は治癒にいたる生体反応を助ける役割を果たします。これは理にかなった治療の基本です。臨床症状がどのような原因と理由で発生しているかを理解し、原因の除去と対策を講じる必要があります。
誤った医療行為のためにかえって病態を悪化させることは最悪のパターンです。
誤り例
1) 気管支炎で喀痰がからんで咳をしている状態に対し、獣医師は感染対策をせずに強力な鎮咳剤を漫然と投与した。その結果喀痰を排出できず肺炎となった。
2) 脱水状態の尿量減少に対し、獣医師は症状から腎臓が悪いと診断して利尿剤を投与した。その結果尿量が増えて脱水が悪化し腎前性腎不全になった。
3) 糖尿病性ケトアシドーシスによる代償性頻呼吸に対し、獣医師は特に根拠なくうっ血性心不全による呼吸困難と判断し、水分を制限した。その結果、血液浸透圧がさらに上昇し、末梢循環不全となった。
4) 汚染された外傷性皮膚裂傷に対し、獣医師は感染予防策をとらないまま皮膚を縫合した。
その結果皮下膿瘍が進行し排膿されず敗血症となった。
2.患者(患畜)は、病気を学ぶための最高の教科書です。
病気の発現パターンや臨床反応は千差万別です。判断に悩む時は、短絡的に判断せず、納得するまで診察する必要があります。
万一最初に誤診しても、臨床経過をこまめに見ていれば途中の修正はいつでも可能です。期待された治療効果が表れない場合は判断治療の誤りと考えるべきです。またはじめから病気の特殊性や例外的反応と決めつけることは慎むべきです。
病気を前にして、謙虚に学ぶ気持ちを常に忘れてはなりません。
そして治療方針を決定するとき、どのような理由でその治療を選択するのか、よく考えるべきです。
それは本当に患者のためになるのかどうかを常に念頭におく必要があります。
医療者の都合(技術の習得、症例収集、臨床治験、時間内で診療を終わらせたい、など)が主な目的となって患者の利益が損なわれることはあってはなりません。
どんなにすばらしい技術や知識を持っていても、医療者優位の考え方をしていては偏った了見の狭い治療で終わってしまいます。
治療者としての成長は、すなわち人間的成長といっても過言ではありません。
「治療によって動物の生命を操ることができる」という傲慢な意識は絶対に抱いてはなりません。
例えば、薬剤を使用して血圧を維持し、呼吸を回復させることは確かにすばらしいことですが、循環機能を助ける治療の一環であり、獣医師が特別な存在になることではありません。
経験の浅い医療者は、重症患者を救命するとあたかも自分が特別優れていると錯覚しやすい傾向にあります。
患者の治療にあたっては、医療者がいかに素晴らしく優れているか、という思考は無意味であり傲慢そのものです。
そして、動物が生きる、ということは、短期的に臓器が機能しているだけではなく、より良い状態で生きていること(QOLがあること)を意味します。
患者がより高いQOLを持つように、医療者は全体像と今後の展望を持ちながら診る必要があります。
誤り例
1) おう吐を繰り返す症例に対し、獣医師は症状から胃炎と診断した。改善されないため、飼い主の食餌方法が悪いと非難した。しかし、他院で腹部レントゲンを撮ったところ小腸異物と判明した。
2) 片足を引きずる動物のレントゲン写真を見て、獣医師は何となく漠然と大腿骨脱臼と診断した。改善されないため、安静にさせていないと飼い主管理を非難した。しかし他院で診察したところ、足の裏にトゲが刺さっていた。
3.各種検査法は必ず臨床症状とつき合わせて総合的に判断しましょう。
血液検査、写真、超音波検査などの補助診断は治療上極めて重要で有意義です。しかし、検査結果が臨床症状と合致しないことも珍しくありません。
その時は、臨床症状とつき合わせた上で検査結果を読み抜く知識が必要です。必要に応じて再検査またはデータの精度を疑うなど臨機応変に対応しなければなりません。
補助検査はあくまでも補助であることを確認すべきです。診察を怠って検査の異常値だけを見てしまうと、存在しない病気を作り出す危険性をはらんでいます。
誤り例
1) 不明熱があり白血球数特にリンパ球が異常に増加した。獣医師は異型性の判断をせずに悪性リンパ腫と診断して抗ガン剤を使用した。しかし、実際は異型性はなく、単なるウイルス感染症による血液反応であった。
2) 尿糖がでたので獣医師は糖尿病と診断し血糖降下剤を投与したところ低血糖になった。その後の血糖検査は正常であり、腎性糖尿であった。
3) 元気がなく、GOT(AST)とLDHが高値であったため獣医師は肝炎と診断しただちにインターフェロンを投与した。しかし、丁寧に診察すると打撲と皮下血腫があり、CPKも上昇し、外傷性の筋肉挫滅であった。
4.治療精度の向上は日々の訓練しだいです。
治療は、臨床像を正しく深く診断し治療する行為の連続です。治療の精度を向上させる努力は医療者の知識技術の修得度を大きく左右します。「ほどほどに治ればよい」、「重症だから無理だ」、「ここまでやって改善しないのは仕方ない」。
そう結論つけるのは容易ですが、はたしてすべての可能性を検討したのでしょうか?
他に考えられる診断や可能な治療はないのでしょうか? あるいはもっと効率的に短期に確実に治す方法はなかったのでしょうか?
治療内容を検証し、より優れた治療を検討し可能性を探す努力の繰り返しによって治療能力が獲得されます。
また、臨床で感じる小さな疑問や、どうもひっかかる症状などは大変重要な意味を持っています。多忙の中で忘れられたり見逃されたりする小さな変化であっても、常に細心の注意を払い、「何故? 何故ならば」の科学的探求心を決して忘れず、原因を解明する意識が必要です。
これが医療センスを磨き臨床力を高めるための重要なポイントです。
反省例
1) 胆嚢結石で胆嚢切除したが術後腹膜炎となり二週間後敗血症で死亡した。「普通に抗生剤を投与したが重症化したのでしかたがない。ベストは尽くした。」
解剖では腹水培養はMRSAであり、胆汁が多量貯留していました。
しかし治療中膿培養は一回もされず、腹部エコーも写真も施行されず、同一セフェム系抗生剤が使用されていました。
たしかに胆汁性腹膜炎は重篤な疾患ですが、細菌のコントロール、胆汁ドレナージ、全身管理に成功すれば救命可能です。
耐性菌の可能性と検索、腹膜炎悪化の原因の追及、除去など、検討すべきことはたくさんあります。
結果を検証する意識の有無によって、その後の治療精度に大きな差が出ます。
5.事前説明(informed consent)は、治療の中でも大きな仕事です。
治療をすすめるにあたり、飼い主の理解を十分に得る必要があります。方針が示されないままに治療が先行し、思いもよらない結果に陥ったとき、大部分の飼い主は納得しません。
逆に言えば、飼い主が十分に理解し納得したうえで行われる妥当な治療であれば、結果が悪いことだけでトラブルになることはむしろ少ないといえます。
獣医師がほんの一手間を惜しんで事前説明をしないがために禍根が残り、その後何ヶ月〜何年も飼い主と争う例が現実に起こっています。
実際に治療している内容を飼い主に示すことはごく当然の行為です。
誤り例
1) 特に事前にリスクの説明もなく子宮蓄膿症の手術を受けた動物が死亡したため、飼い主は獣医師に説明を求めた。
獣医師は、「結果は失敗に終わったが必ず治るとは誰も言っていない。手術に死亡はつきものである。」と回答した。説明義務をめぐって争いになった。
6.ミスの言い訳を考える余裕があるなら、言い訳しなくてもよい治療ができるように頭を使いなさい。
自己の能力の範囲でミスがどの時点でどのように起こるかを知っていると、ミスにならない段階で必ず回避策を考えて行動します。
しかし言い訳が必要なミスでは、えてしてミスの原因を正確に把握できていません。
ミスを犯した獣医師自身が理解できない治療内容を被害者に説明しようとしても無理があります。判らないことを判るように見せかける知恵をいくら覚えても、良い治療にはつながりません。
いったんミスを隠す習慣がつくと、その後は獣医師として落ちてゆくだけです。
治すための獣医師という理念を捨て去ることになってしまいます。
誤り例
1) 麻酔時の薬剤選択ミスによって麻酔死となった。獣医師は理由がよくわからないので麻酔ショックとの説明で責任を逃れようとした。
2) 子宮蓄膿症手術で麻酔死となった。獣医師は麻酔ミスを知っていたが、子宮蓄膿による細菌性敗血症が原因であると誤魔化した。
「治療者の治療哲学は善である。」
一般飼い主はそのように認識して動物病院を受診しています。
「病気で苦しんでいる生命を目の前にしながらも治療者はないがしろにする」、という発想は常識人は絶対に起こりえません。
獣医師は今一度この精神を見つめ直す必要があります。そしてまた、正しい獣医学を実践できているかどうか、絶えず意識する必要があります。
獣医療者の行動と考え方は常に社会に見られています。
一般社会の中で通用する行動をとることによって獣医療と獣医師の社会的基盤が確立されていきます。獣医師一人一人がその大事な任を担っていることを自覚し責任ある医療を提供することが肝要です。
「この道は一度しか通らない道。だから役に立つこと、人のためになることは今すぐやろう。
先へ伸ばしたり忘れたりしないように。この道は二度と通らない道だから。」
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