社会的に尊敬され、人格者として慕われている獣医師は、必ずしも多いとは言えません。
治療対象が動物であることから、以下のような問題が起こるおそれがあります。
1.気力維持が困難
治療が困難な割に正当に評価されにくいため、最高の治療をする意気込みを維持しがたい。疲労が蓄積して集中力を欠く。
2.不正な自己弁護
診断や治療ミスを犯しても、飼い主は素人で理解しないので責任回避できるだろう、との思い違いが生じやすい。また、診断や治療の誤りを知っていても身勝手な自己弁護でごまかせると錯覚する。
3. 身勝手な治療方針
患者(動物)の心情や苦痛を深く考慮する必要性が少ないので、考え方が自分勝手になりやすい。
学術的関心が強いあまり動物の尊厳を見失う。生命の権利を過剰に優先させて緩和治療をおざなりにする。
4. 過剰な専門家意識
飼い主の満足度や治療の落としどころ(ここまでやればよい)を心得ている。病気を難しそうに言ったり、専門語を用いていかにも専門性を示すことができる。嘘は言わないが事実をすべて言うわけではない。飼い主は余計な口をはさむべきではないという態度をとる。
5. 権威主義に陥りやすい
仕事の専門性を、社会的立場の優越性と誤解する傾向がある(役人や若い医師などにも多い)。社会への顕示欲が強い。
6.周囲との人間関係を考慮しない
動物治療のためにはすべてが許されると考える。
飼い主の知識不足や落ち度を厳しく非難する。医療スタッフに過度な要求をする。
7.利益追求の手段を選ばない
飼い主の心理を利用して不要な治療などで暴利をむさぼる。治療内容にふさわしくない診療費を請求する。
8.治療責任を回避する
動物が病気やケガで悪化するのは当然で仕方がないこととして、医療行為の責任を安易に回避する。
不都合な治療結果を動物の年齢や体型や飼育方法などのせいにする。
9.知らないこと(無知)を他人に知られることを極端に嫌がる
知らない知識や技術がある現実を飼い主や仲間に隠そうとして誤った治療を繰り返す。知識を持つ人に質問することを躊躇する。自分自身の本当の実力を他人から評価されることをおそれる。
10.一般社会の広さ、深さ、流れを知らぬまま殻に閉じこもる
「先生」の称号に甘んじ、真に獣医師たる行動を考慮しない。世の中には優れた人間と知恵がたくさんあることに気がつかない。その結果、時代や人間の意識の流れをわきまえない世間知らずになる。
また、獣医師の所属する獣医師会(学会)は、獣医師と動物病院の利益を代弁する機関です。各病院や獣医師個人のレベルを評価したり、悪質な営業内容を指摘または指導する役割は担っていません。実際にもこれまでに学会によって処罰された獣医師はいません。
学問向上のため勉強会やセミナーを支援しますが、内容や修得は基本的に各獣医師に一任され、修得度に個人差があります。
驚くべき事に、獣医師は獣医師会に加入する義務はなく、非会員でも仕事に何ら不便はありません。獣医師同士の結束が乏しいと、団体(獣医師会)の社会的信用度は低く見なされます。
ところで、医療職はサービス業に分類されます。サービスは顧客満足度が基本であり、適切で安心できる治療と環境作りが要求されます。
しかし獣医師界では、医療ミスを犯して飼い主が不利益を被っても獣医師は非を追求されません。しかも医療事故を取り扱う専門機関がないため、飼い主は途方に暮れるばかりです。
本来ならば、獣医師側が窓口を設け、問題解決のために対応をすべきです。獣医療は、獣医師と飼い主間の契約に成り立っており、獣医師が果たすべき義務を全うすることが前提です。
治療に積極的な飼い主は診療に協力を惜しまず、獣医師に最善の治療を望みます。獣医師は自己の能力の見合う範囲において、飼い主とペットに対して、誠実に真摯に対応して欲しいのです。
そして、問題が起こった時に飼い主が知りたいのは、真実です。その後に、過失有無と責任所在です。真実を語れない獣医師は、悪徳獣医と言われても仕方ありません。
|