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Last Updated: 2008/9/9

−獣医療現場における危機管理のあり方−獣医療事故そのパラダイム 医療の質&リスクマネージメント  −獣医療現場における危機管理のあり方(II)−判例に学ぶ〜今,なぜリスクマネジメントなのか〜
 
はじめに
 
医療には数字で表せない不確実さがあり、治療行為にはヒューマンエラーが必ず発生します。
しかし、医療の特殊性を隠れ蓑にしてエラー(ミス)を否定できる時代ではありません。医学が発達し、医療への社会的要求が高まり、誰もが豊富な医学情報を入手できる現在、医療者はエラーをコントロールする能力が要求されます。
本来、ミスの理由を検証し原因をすべて排除する行動は極めて自然で合理的な発想です。
対象が人であれ動物であれ、医療従事者は医療を提供するものの使命として率先してリスクマネージメントに取り組むことが重要です。
 
(管理人注釈)
人医療、獣医療ともに医療向上の目的と方向性は同一と考えています。以下本文では特に両者を区別せずに記述します。

   医療の質       
 
医療者は医療の質を高めて社会に還元するという重要な役割を担っています。そして医療の進歩と安全を確保するためには医療の質の保証 (quality assurance:QA) が必要不可欠となります。
 
医療行為は広義にサービス業と見なされ、患者(動物)や飼い主は顧客(customerまたはclient)と位置づけられます。医療の質を保証するために、医療者は常日頃から顧客が満足する医療を提供する努力を積み重ねる必要があります。
顧客が求める医療を以下に示します。この実践が医療の質の保証になると考えられます。
  • 1.医療を容易に受けることができる環境があること
  • 2.現在の医療水準を満たした適正医療であること
  • 3.いつでもどこでもどの医療者からも必要な医療を受けられること
  • 4.顧客要求に見合った適切な医療を受けられること
  • 5.患者(動物)と家族(飼い主)が治療情報を与えられ治療に積極的に参加できること
  • 6.有害事象(副作用や合併症)が最小限で最適な医療内容であること
ところが、これまでの日本の医療は科学的事項が重視されてきた傾向があり、医療行為の危険性やミスに対する概念や対策は技術的進歩に比較して大幅に遅れています。例として、標準マニュアルの不足、医療者同士の意見交換や相互チェック機構の欠如、治療効果と有害事象の報告と収集と分析かつ還元の欠如が指摘されています。医療ミスを予防し回避するためには、医療行為に内在するすべてのリスクをコントロールすることが重要です。
 
 
 
● リスクマネージメント
 
上記リスクマネージメント(risk management)の考え方は、医療の質を保証するために重要な意味を持ちます。
狭義のリスクマネージメントは経済的損失を最小限にするための科学的方法と定義され、@リスクの特定、Aリスクの評価、Bリスクの対応、で構成されます。しかし医療でのリスクマネージメントは、発生した有害事象への対処に限らず、有害事象の発生予防を包括的に捉えて回避することにも重点がおかれています。
質の保証(QA)が顧客に焦点をあてた概念とすると、リスクマネージメントは医療従事者に焦点をあてた概念といえます。
 
医療の質を向上させるためには、以下の3段階を充実させる必要があります。
 
 
@ 構造(structure)
 
病院の規模や設備、医療従事者の能力、組織の体制整備、などを意味します。目的とする医療レベルに合わせて機器や建物を整備したり、スタッフを確保したりするなどの無理のない病院運営を目指すことが重要です。
 
 
A 過程(process)
 
医療を提供する方法のことです。リスクマネージメントはこの段階に大きく関与してきます。標準医療を実践するためには、もはや医療者個人の好みや思いつきや気まぐれが通用する時代ではありません。学会や医療界で提唱されるガイドラインやマニュアルなどの汎用治療を参考にしながら、個人の知識のみに頼らずできるだけ多くの経験や知識を学ぶ必要があります。
 
ミスや事故(incident)の多くは誰もが犯し得る可能性があります。そこで、発生時点で速やかに同業者や周囲のスタッフに報告することで同様のミスの発生を回避することは大きな意味を持ちます。実際に発生するミスやヒヤリ・ハット事例は、医療従事者同士の共有財産=同じ過ちを犯さないための知恵の集大成、といえます。そこで提出された事故報告(Incident report)は重要な情報となり、リスクマネージメントの対象となります。スタッフ間でミスを否定したり隠したり懲罰しあったりすることは、リスク回避の可能性を否定する自殺行為と言えます。
 
またある病院に特有に発生するミスについても、すべてのincidentを洗い出し解析することでその病院のシステムの問題を改善することができます。
リスクを放置すると、顧客を危険にさらすと同時に、病院が大きな経済的損失を受ける危険性を高めます。
 
 
B 結果(outcome)
治療による患者(動物)の回復度(生存率、手術成績)や有害事象(事故や副作用)などの情報を収集して解析し、より優れたシステム構築やマニュアル作成の材料とします。
治療内容や結果を検証せず不明瞭のまま放置すると、あとになって治療当事者でさえ成功(失敗)の理由を考えることができなくなります。
特に治療が失敗に終わった場合、その原因が顧客(患者、動物)にあるという責任回避の発想は極めて危険であり絶対に慎まなければなりません。
 
 
 
 
● 顧客の苦情(クレーム)とリスクマネージメント
 
上記の医療の質向上は、医療者が医療水準を達成し維持するための最低限実施すべき医学的事案です。診療ではこれに加えて、顧客の満足度も考慮されなければなりません。顧客が医療者の責任追及し訴訟を起こす原因は、さまざまな理由から顧客が不満を抱えているためです。
 
以下の事項は、医療事故や過誤(訴訟)を考える上で重要であると考えます。
 
 
1.医療者は顧客(患者、動物)のみならず、その家族(飼い主)をも尊重し誠実な対応を心掛ける必要があります。
 
医療者側の結果(outcome)は顧客の満足度とは必ずしも一致しません。
顧客にとって病気が回復したことだけではなく、病院でどのように治療や看護を受けたかも重要です。
人では医療訴訟の95%は治療の技術面ではなく治療をめぐる医療者と患者の人間関係が原因と言われます。
(参考文献Murphy E:The Quality Connection.EC Murphy Ltd,1990)
 
そのため医療者は、上記の(3)結果、に表れる顧客の身体的障害に対してだけではなく、(2)過程の、incident発生時の対応についても慎重であらねばなりません。ミスや事故が起こった時点での医療者の対応姿勢と対処方法により、その後の患者または飼い主の態度が決定されるといってもよいでしょう。
顧客を尊重する姿勢は形式的なポーズであってはなりません。いわゆる客扱いのための営業トークやうわべの行動は、結果的に患者不在の傲慢さや冷淡さが浮き彫りにされます。顧客のためにより良く治療したいと考える医療者本来の意識が大切であることは当然です。
 
 
2. 病院の看護体制に不備がある場合、顧客は病院の質を疑問視します。
 
医療者が適切な診断や処置や手術を実施した後の回復には、一定期間の安定した看護体制が必要です。特に入院では急変に対する監視体制とスタッフの対応が重要となります。厳重な治療が必要な重症状態や周術期(術前術後)の管理が不十分であったり病状把握と説明が不十分だったりすると、病院全体の看護体制を追求されることがあります。
 
 
3. 治療と看護の安定性、連続性および継続性が必要です。
 
長期間の治療で多数の医療スタッフが関与すると、治療と看護の内容にばらつきが出るおそれがあります。その対策として、スタッフ能力の均一化(教育)、申し送りの徹底、客観的なカルテ記載などが重要です。この情報伝達網の構築は、スタッフが上から命令されて実施するのではなく積極的に参加する意識を持つことが成功の鍵です。
一般的に担当医(担当看護者)が継続して最終まで責任を持ちますが、同一病院にあっては担当以外も同様に病状を把握し必要な対応ができることが要求されます。
「担当がいないので全く治療できない」、「担当でないので責任は持たない」、「誰か他のスタッフがやってくれる」、などの意識があると治療の連続性は絶たれ顧客の不利益につながります。また連絡が不備の時に発生するミスの存在は忘れさられます。
スタッフ全員が一丸となって治療に取り組む意識こそが、リスクマネージメントの基本理念です。
上記意識に基づいた安全で安定した治療を提供するためには、スタッフ間の知識の共有が必要です。
マニュアルに書かれる知識(形式知)以外にも、体験から覚える知識(暗黙知)が重要です。
 検査や処置を行うとき、個々のスタッフが現場から学びとった安全な方法すなわち事故回避策言葉がけや態度によってお互いに示し合うことで良好なコミュニケーションが生まれ、患者満足度を向上させることができます。
 こうした情報交換は、そのうち時間が空いたときにと思っていると忙しさに紛れてなかなか行えません。医療スタッフ全員による定期的なミーティングやインシデントレポートや注意点の報告など、短時間でも必ず開催し、全員の意見の集約と意識の再確認をする必要があります。(図1 ページ下段 参照)
 
 
 
 
4. 治療の際の安全な環境作りが必要です。
 
治療環境の整備は治療に対する治療者の意識を反映します。患者(動物)が安静かつ安全に治療できる空間を確保することは重要です。清潔で快適(遮音、空調、採光など)でオープン(出入りしやすい)であることはもちろん、体動や移動時にケガをさせない、落下転倒させない、医療機器の紛失や誤飲やカテーテル絡まりを起こさない、などの安全対策が講じられることも重要です。治療環境の整備は、顧客満足度の獲得と同時に治療リスク回避の点からも重要です。
 
 
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日常診療で発生するミスのすべてには起こるべき原因があります。その原因をひとつずつ追求し回避することで安全を確保し医療の質が向上します。治療行為ではどのような内容のミスであっても生命の危機という結果を生みます。大きな手術時のミスであっても、内服の量を一桁間違えた単純ミスであっても、ミスの持つ危険性は同等です。「それほど重要視しないミス」と「極めて重大なミス」に優劣はありません。むしろそのように区別する考え方は重大な誤りです。
ミスについて真剣に取り組む必要があります。
 
 
〈すべてのミスをゼロに近づけることがリスクマネージメントの最大の目的です。〉
 
 
 
 
● これからの医療事故リスクマネージメント
(アメリカの例に学ぶ)
 
 
医療事故はすべての医療機関で発生し、その対策は極めて重要です。医療事故撲滅のためには、具体的な対策を実行してゆく必要があります。
医療事故対策の一例として、アメリカ、ハーバード大学では時代の変遷を経ながら実践的な対策をとってきました。
こうした対策は今後の日本のリスクマネージメントを考える上で参考になると思われ、以下に概要を紹介します。
 
T :訴訟対応 1970年代〜
 
アメリカでは1960年代後半から医療訴訟が急増し、訴訟費用と損害賠償費用の資金管理が必要となりました。そこで1976年ハーバード大学は、医学部関連病院専業保険会社を設立し、訴訟費用と訴訟に関わる経費の管理を始めました。しかし、金銭の管理だけで訴訟増加ですぐに資金難に陥ってしまうため、訴訟自体に適切に対処する必要がでてきました。そこで3年後の1979年には、医療訴訟の処理を行うためにハーバードリスクマネージメント財団が設立され、以来、関連病院と全スタッフの医療損害賠償保険とコンサルタント業務を担っています。
なおその後も訴訟数は増加し、1件あたりの訴訟額も高額化して全体として訴訟額は増加の一途をたどっています。
 
 
U :訴訟対策  1980年代〜
 
リスクマネージメント財団は創設には医療訴訟の対応に追われる状態でした。そこで、いかにして訴訟に勝つかという戦略に重点を置くようになりました。
具体的には、病院に過失があると認めた場合は示談で解決を図りますが、過失について患者と合意できない場合は裁判を行い、勝訴判決によって病院の正当性を証明する戦略をとりました。
勝訴できる裁判でも示談の方が費用が安く済む場合、保険会社によっては病院の非を認めた格好で示談という考え方もありましたが、リスクマネージメント財団では費用と無関係に必要な裁判で争う姿勢をとってきました。ただし、医療行為に非がないことを証明するためには、普段からカルテの正しい記載や書類整理が重要となり、財団では医療スタッフにカルテの書き方ノウハウなどを教えてきました。
 
 
しかし、上記の対策を行ってきても医療訴訟の急増に伴う費用は増加一途で歯止めをかけることが出来ませんでした。
そのため、医療訴訟対策よりも、もともとの医療事故そのものを減らそうとする対策に重点を置くようになりました。
 
 
V  :医療安全対策 1990年代〜
 
医療事故の原因を解析する場合、診断の遅れや治療の遅れなどの判断を含むプロセスを一般化して何をどうすればよいかを表現することは困難です。あるひとつの問題の根本的ミスが発見できても、それと似ているが少しだけ異なるような事故は事前に把握できず、類似の事故を十分に防止しきれていない問題があります。
そのため、他の病院や部署で発生した事故を学び、事故が起きていない段階での診療プロセスを改善するための「事前の医療安全対策=Proactive Patient Safety」を採用しています。
 
以上のような取り組みは、全関連病院の医療安全対策を効果的に進めるためであり、病院の安易なランキングのためではありません。リスクマネージメント財団は医療安全を追求する目的で、病院が負担する保険料率を減らす代わりに保険料の一部を医療事故対策の研究助成金として各病院に提供しています。
病院の垣根を越えた研究によって広範囲な対策ができるようになっています。
 
 
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リスクマネージメントは病院にとっては重要な分野です。その発展のためには、組織改革、教育、病院連携などの、一般診療とは異なるアプローチが必要です。
今後の日本の医療では、医療の質を確保すると同時に、医療リスクを減少させながら充実した医療サービスを提供してゆく成熟した機能を獲得する必要性が高まっています。
 

参考リンク集

麻酔科医 森 隆比古(もり たかひこ)の頁    
上記HP内コンテンツ 『周術期医療と安全』
http://www.ne.jp/asahi/mori/takahiko/chosaku/JJMI70.html
では医療における安全の重要性を詳細に記述しています。
 
日本予防医学リスクマネージメント学会    
安全と医療の質の向上(Clean and Safe Development)
 
リスクマネージメントマニュアル作成指針 (厚生省保健医療局国立病院部政策医療課)    
第1 趣旨
第2 医療事故防止のためのポイント
第3 用語の定義
第4 マニュアルの作成及び報告
第5 医療事故の防止体制の整備
第6 医療事故防止のための具体的方策の推進
第7 医療事故発生時の対応
講演「信頼される医療を目指して〜失敗から学ぶ事例解析の方法〜」    
主旨本文から抜粋:
医療事故問題に関する講演会「信頼される医療を目指して〜失敗から学ぶ事例解析の方法〜」:講師上原鳴夫教授(国際保健学分野)の内容をまとめたものです。非常に多岐に渡る内容ですが、なるべくわかりやすい解説をお願いしてありましたので、むしろこの問題に全く予備知識がない方に読んで頂きたいと思います。この紙面が、医療事故や医療の安全へ取り組む糸口になることを期待しています。

(図1) ヒヤリハット報告書 (人医例)



ヒヤリハット報告書例 (人)

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医療の質とリスクマネージメント

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